20億ドルのガス火力が失いかけた「送電網の接続枠」
——FERCがChestnut Runに示した、調達遅延という新しい規制リスク
オハイオ州で建設が進むはずだった1,300MW・約20億ドルのガス火力発電所が、タービンの型番をHA.03からHA.02に変更したい、という申請を規制当局に却下された。出力は55MW減るだけ。それでも答えは「No」だった。
2026年7月2日、FERC(米連邦エネルギー規制委員会)はChestnut Run Energy LLCのwaiver(例外適用)申請を却下した(Docket ER26-2771-000)。開発主体はボストンの独立系発電事業者Advanced Power Services、親会社はArcLight Capital Partners。オハイオ州Carroll Countyのコンバインドサイクル・ガス火力「Chestnut Run」は、PJMの高速審査枠「Reliability Resource Initiative(RRI)」に採択された51案件の一つだった。
躓いたのは、規制でも環境でも資金調達でもない。タービンが届かない、という一点である。そして失われかけたのは発電容量ではなく、送電網につながるための順番——PJMが割り当てた接続枠のほうだった。

「代替品はある。だが、枠は動かせない」
RRI申請時、同社はGE VernovaのHA.03を使い、2030年5月に商業運転を開始すると届け出ていた。ところが世界的な需要急増でHA.03の納入は最低2年後ろ倒しになった。そこで入手可能なHA.02への切り替えを申請し、最大出力を55MW減の1,245MWに、接続権(CIR)も併せて引き下げる、と申し出た。当初のスケジュールを守るための、譲歩を含んだ回避策だった。
FERCの論理は明快だった。1件の機器変更は複数の解析モデルの更新を要し、Transition Cycle #2に大幅な遅延を持ち込み、同じサイクルにいる他の開発者に波及する。「第三者に不利益を及ぼさない」というwaiver認可基準を満たさない、という判断である。加えてFERCは、RRIがそもそも案件の成熟度を担保するために設計され、この段階での案件の性質・規模の変更を排除する仕組みだった点を指摘した。PJM自身も6月の意見書で明確に反対していた。
つまり、この却下は事務的なミスでも硬直的な運用でもない。RRIは「柔軟性を放棄する対価としてスピードを買う」制度であり、FERCはその設計思想を額面どおりに執行した。
ここに、この案件が単なる1件のトラブルで終わらない理由がある。
失われかけたのは、MWではなく「接続枠」
同社が申請書で挙げた懸念の一つが、PJMの信頼性バックストップ調達(Reliability Backstop Procurement)への参加資格だった。PJM理事会が2026年7月27日に決定した設計では、この調達に参加できる新規電源は2032年6月1日までに運転を開始していることが条件となる。当初COD(2030年5月)から最低2年の後ろ倒しは、この期限をまたぐ位置にある。
15年の容量価格契約が視野に入る調達である。そこから外れることの経済的な意味は、55MWの出力差とは桁が違う。
そして、RRIの枠そのものが痩せてきている。

採択51件のうち、2026年7月時点で残っているのは41件・7.9GW(定格出力ベース)。Transition Cycle #2は2027年初頭に系統連系契約の締結で完了する予定で、PJMは並行して、改革後の新プロセスの第1サイクル(811件・約220GW)の審査を4月から開始している。
送電網の接続枠——PJMのタリフでは Queue Position と定義される優先順位——は、タービンと同じくらい代替不能な資産になった。 物理的な「入手不能」が、手続きの硬直性を経由して「枠の喪失」に転化する——Chestnut Runは、その転化を可視化した最初の明快な事例だ。
タービン三社の現在地
この背景にあるのは、大型ガスタービンの構造的な供給制約である。
GE Vernovaのガスタービン受注残+枠予約契約は、2026年第2四半期末で116GWに達した。2025年末の83GW、第1四半期末の100GWからの急伸で、会社は年末までに125GW以上を見込む。

注目すべきは納入枠の位置だ。同社は現在2031年分の枠を予約受付中で、年末までに2031年分の半分超を契約済みにする見通しを示した。一方、2032年分については「契約時期を語るにはもう少し時間が必要」(Scott Strazik CEO)と踏み込みを避けている。第2四半期に署名した20GWのうち半分以上がHAクラス、新規capacityの約2割がデータセンター向けだった。製造能力は現在の年20GWから2028年に24GW、2030年に30GWへの拡張を目指す。
競合も同じ絵を描いている。Siemens Energyのガスタービン受注残は第2四半期末で約60GWに達し、2028会計年度まで「売り切れ」。2029年・2030年の枠も急速に埋まりつつあり、会社は2026会計年度末に90〜100GWのコミットメントを見込む。同社幹部は市場を「需要制約ではなく供給制約」と表現した。三菱重工は2026年6月、日米の生産拠点に1,000億円超を投じ、大型ガスタービンの生産能力を2030年度に2024年度比で2倍に引き上げる方針を示した(従来計画は2028年度までに3割増)。2025年度の受注は35台(前年度比4割増)だが、期末の受注残は74台と5割膨らんでいる。
増産しても追いつかない。それが三社に共通する現在地である。
価格も動いた。ある学術レビューによれば、新規ガス火力の建設コストは2021年の約800ドル/kWから足元で2,600〜2,800ドル/kWへ、3倍以上に上昇している。大型タービンの平均待ち時間は約5年、長いもので7年に達する。
設計思想を切り替える必要がある
AIデータセンターの電力調達を追っていると、議論は「何MWをいつ確保できるか」に集中しがちだ。Chestnut Runが浮き彫りにしたのは、確保した後の構成変更の自由度という、これまで誰も価格をつけてこなかった変数である。
金融デューデリジェンスも系統連系審査も、「調達遅延が手続き上の地位を奪う」というリスクの型を捕捉する設計になっていない。主機の納期が5年に伸びた世界では、申請時の仕様を5年後も同じ条件で調達できる保証はどこにもない。変圧器も同じ問題を抱えている。
だとすれば、これから電源を計画する側が組むべきは「最良の構成」ではなく**「変更耐性のある構成」**だ。複数メーカーの選択肢を残す。出力に余裕を持たせて申請する。通常キューやExpedited Interconnection Trackなど、代替経路を並行して確保する。いずれもコストがかかる。だがChestnut Runが払っているコストは、それより高い。
PJM地域の容量不足は深刻で、1案件の柔軟性を否定することで全体の迅速性を守るというFERCの判断には十分な合理性がある。同時に、物理的制約が年々強まる現実との乖離も、この命令ははっきり示した。この乖離は今後、規制設計の側にも跳ね返るはずだ。
あなたが関わるプロジェクトや業界で、部材の納期遅延が「手続き上の地位」や「認可の効力」を脅かした経験はありますか。電力に限らず、サプライチェーンと規制が交錯する現場の話を聞かせてください。
主な出典
FERC命令 Docket No. ER26-2771-000(2026年7月2日)
Utility Dive「FERC denies waiver for $2B gas-fired plant in PJM's fast-track review」(2026年7月6日)/「PJM opposes waiver for $2B gas-fired plant in fast-track interconnection review」(2026年6月30日)
Troutman Pepper Locke, Washington Energy Report(2026年7月)
PJM「CIFP Reliability Backstop Procurement – PJM Board Decision」(2026年7月27日)、PJM Inside Lines
GE Vernova 2026年第2四半期決算(2026年7月22日)
S&P Global Commodity Insights「Siemens Energy lifts global gas turbine outlook on data center demand」(2026年6月30日)
日本経済新聞(2026年6月28日)、Bloomberg(2026年5月12日)/三菱重工業 決算資料
Engineering誌「Gas Turbine Shortage Could Derail Data Center Expansion」(2026年)

