【Ep07】『まわりと違う』が〝らしさ〟をつくる〜華道に受け継がれる「自分のこころに触れる方法」〜|INNER SHIFT 〜〝らしさ〟に出会える物語〜
この文章は10分程度で読めます。
特に、自分の心が周りの「正解」とズレていることに自信をなくしているあなたへ。
そのズレは〝らしさ〟を育てる宝物だと気づくことができる物語です。
ぜひ最後まで読んでみてください。
はじめに
周りに流されそうな日々に、心の呼吸を整える時間。
「INNER SHIFT〜〝らしさ〟に出会える物語〜」、キュレーターのマサです。
日々の暮らしの中で、気付かないうちに——
自分の気持ちを置き去りにしてしまうことって、ありませんか?
仕事、家庭、SNS——
誰かの期待や評価ばかりを追いかけて、「本当は自分、どうしたいんだっけ?」と立ち止まる瞬間。
そんなときに、そっと耳を傾けてみてほしい物語があります。
伝統を受け継ぎながらも、自分の「軸」を大事にしながら生きる職人たちの物語。
誰かの価値観に流されずに、自分らしく生きるヒントがそこにあります。
あなたが自分らしく生きるための、小さなきっかけを一緒に探していけたらうれしいです。
もし、心に残った言葉や、感じたことがあればぜひ、コメントやメッセージであなたの声も聞かせてくださいね。
華道家 吉村華洲さん
今回の物語は華道家・吉村華洲さん、2つ目の物語です。
吉村華洲さんは、いけばなを「表現」であると同時に、自分自身を深く知るための「ツール」でもあると考えている方。
その哲学はいけばなの世界に留まらず、日常の在り方にまで通じています。
前回は「自分を知る」をテーマに、華洲さんの話からいけばなの本質に触れ、「〝自分と向き合い、納得できる形を探すためにできること〟」について考えました。
そして今回は、華洲さんが語る「教えること」「育てること」の奥深さに迫っていきます。
「私が本当に教えたいのは、『正解』ではなく、『考える力』です。」
この一言に込められた想いとは、どんなものなのでしょうか?
自信はないけど、自分の想いを突き通したい時。
まわりの意見と違っても、やってみたいと思った時。
誰かに背中を押してほしいけど、それが見つからない時。
そんな場面に直面した時、今回の物語が、あなたにとってはじめの一歩を踏み出すヒントになったら嬉しいです。
〝ズレ〟は〝らしさ〟の源泉
いけばなを教える中で、私は「師匠と弟子」の関係は、「先生と生徒」とは少し違う、と考えています。
師匠とは、知識や正解を一方的に教える人ではなく、相手の中にある〝答え〟へと、自ら辿り着けるように導く存在だと、私は思っています。
いけばなには「基本花型」と呼ばれる、いわば最初の〝型〟があります。
初心者はまずその型を通して、花のいけ方の基本を学びます。
ただ、実際に使う花や枝は、一本一本すべて形も重さも違う。
だから、同じお手本を見ていても、まったく同じようにはいけられないんです。
その〝ズレ〟をどう受け止めるかが、教える側の姿勢に表れます。
私は、そのズレこそ、「個性」だと考えています。
たとえばお稽古で子どもが花をいけたとき、お手本と角度が少し違うことがあります。
そんな時、私は頭ごなしに「違うから直しなさい」とは言いません。
「お手本ではこうなっているけど、あなたのはちょっと違うね。
どう思う?」
そうやってまずは、自分で考えてもらうようにしています。
「お手本のようにした方がいいと思う」
——そう言えば「じゃあ直そう」って修正します。
でも、「こっちの角度の方が花がきれいに見えると思った」
——そう返ってきたら、そのままでいいと思うんです。
そこにちゃんと理由があるなら、それはもう、立派な〝自分の答え〟ですから。
大切なのは、その感覚を本人がちゃんと味わって、自分で判断し、考えてみるという経験です。
私が本当に教えたいのは、「正解」ではなく、「考える力」です。
それはつまり、「あなたの中にある答えを、自分で見つけていいんだよ」
という、信頼のかたちでもあります。
こうした経験を重ねることで、少しずつ、他人の評価だけに左右されない〝自分の軸〟が育っていきます。
「私はこう思う」「こうしたい」と感じて、決めて、動いてみる。
その小さな積み重ねが、自分の中の信念や美意識になっていくと、私は感じています。
そして、その先に育まれるのは、「人を尊重する力」や「柔軟に考える力」
かもしれません。
自分が〝気づかせてもらった〟経験のある人は、きっと、他の誰かにも、同じように接することができるからです。
いけばなは、「表現の場」だけではなく、「気づきの場」でもあります。
花をいけるという行為を通じて、外に何かを見せるよりも、自分の内側に触れていくような時間。
そしてその中に、ひとを育てる力が宿っていると、私は信じています。
雅の考察
「ズレは個性」
この言葉、すっと心に染みました。
教えるって、つい「正解を与えること」になりがちです。
でも華洲さんがやっていたのは、まったく逆のこと。
〝正しさ〟を教えるのではなく、〝自分の感覚〟に触れるきっかけを渡すこと。
そして、それを見守りながら、必要なときにはそっと支える。
その在り方こそが、「師匠」のあるべき姿。
そんな風に〝自分で判断できる感覚〟を育てることは、自分の軸を持って、〝らしく〟生きることに繋がっている気がします。
世の中には、「こうあるべき」とか「こうしたほうがいい」っていう基準やルールが、本当にたくさんありますよね。
でも、自分の中にあるちょっとした感覚や違和感がその枠に当てはまらないとき、「それって間違ってるのかな」と不安になること、ありませんか?
僕自身、これまで何度もそう感じる瞬間がありました。
「どうしてもやってみたい」と思って相談しても、返ってくるのは、「うーん、それはちょっと無難じゃないかも」「こっちのほうが安全だと思うよ」
悪気があるわけじゃなくて、心配して言ってくれてるのもわかる。
でも、そういう言葉って、自分でもまだ自信がないタイミングだと、無意識にブレーキを踏んでしまうんですよね。
そんな中で華洲さんの話を聞いて、「ズレてていいんだ」と思えたのは、ひとつの救いでした。
「ズレ=間違い」じゃない。
「ズレ=あなたらしさ」
誰かの正解に寄せるのではなく、自分の感覚を信じて、自分の中の〝まだ言葉になっていない答え〟に近づいていく。
それでいいんだって、少し肩の力が抜けた気がします。
…とはいえ。
いざ向き合おうとすると、思った以上に難しいものですよね。
考えれば考えるほど、何が本音なのか見えなくなってくることもあるし、堂々巡りになってしまうこともある。
どうすればいいのか?
そのヒントを、次のパートで少し考えてみたいと思います。
あなたの〝らしさ〟につながる視点
本当は華洲さんのように、〝らしさ〟を否定せずに静かに支え、導いてくれる存在がいるのが理想ですよね。
でも、そんな人ってなかなか簡単には見つからないことも多いと思います。
じゃあ、今できることは何だろう?
まずは自分の感覚に目を向けてみることから始めるのがいいのかもしれません。
たとえば、何かを決めるときや誰かの意見を聞く前に、ちょっと立ち止まって
「私は本当はどうしたい?」
と自分に問いかけてみる。
すぐに答えが出なくても大丈夫。
「わからない」と思ったとしても、その「わからなさ」に気づけたことが、
もう第一歩です。
本当にやりたいことじゃない決断を選ぶこともあると思います。
でも、「自分の本心とは違っていたな」と気づけたら、まずはそれだけで十分なんです。
また、誰かに相談する前に、ノートに今の気持ちを書いてみるのもいいかもしれません。
迷っていることや引っかかっていることを言葉にしてみるだけで、頭の中が整理されて、気持ちが少し軽くなることもあります。
文字にすることで、ふだんは見えづらい自分の「本当の声」に出会えることもあります。
さらに、小さなことでいいので、いつもとはちょっと違う選択をしてみるのも、いい練習になると思います。
たとえば、帰り道を変えてみるとか、普段頼まないメニューを選んでみるとか。
そんな些細な変化の中で、「あれ、こっちの方が心地いいかも」とか、「なんか落ち着かないな」といった、自分の感覚の反応に気づけることが
あるかもしれません。
そうした〝気づき〟が、感覚に耳を澄ます練習になるんじゃないでしょうか。
そしてもし、この記事を読んで感じたことがあれば、それを書きとめてみるのも自分の感覚に耳を澄ます練習になるかもしれません。
よかったらコメント欄でそっと教えてもらえると嬉しいです。
無理に大きく変える必要も、急いで結果を出す必要もありません。
たとえ結果がすぐには変わらなくても、選び方や考え方のプロセスが変わるだけで、見えてくる景色が少しずつ変わって行くはずです。
だから、まずは自分の感覚にゆっくりと目を向けてみる。
それが〝らしさ〟を育てる小さな一歩になるのかもしれません。
まとめ
今回は、華道家・吉村華洲さんのお話を通して、「ズレは個性」というテーマを一緒に見てきました。
正解を押しつけるのではなく、その人の中にある〝答え〟が芽生えるのを
静かに待つ。
それを「教える」と呼ぶ華洲さんの姿勢は、いけばなだけでなく、人生のあらゆる場面に通じるものがあると感じました。
僕たちはつい、「正しくあろう」としすぎてしまうけれど、本当はその〝ちょっとのズレ〟の中にこそ、自分らしさの種が隠れている——そんな気がします。
そして今の時代、華洲さんのように、誰かの〝らしさ〟を静かに支え、
信じて見守ってくれる存在は、そう多くはありません。
でも、華洲さんはこうも話していました。
「気づかせてもらった経験のある人は、きっと、他の誰かにも同じように接することができる」
と。
改めて考えてみると、僕にも、そんな経験があります。
子どもの頃や学生時代、何も言わずに見守ってくれた親や先生。
「それ、いいと思うよ」と、そっと背中を押してくれた友だち。
うまく言葉にできないズレや迷いを、否定せずに受けとめてもらった。
あのときの安心感や、じんわりとした記憶は今も残っています。
だから、今この話に触れた僕たちも、これから「ズレは個性」という視点を持って経験を重ねていけば、きっと、誰かの中の〝らしさ〟を信じて見守る側にもなれるはずです。
そんなふうに、受け取ったものを誰かに手渡していく。
その小さな連鎖で、自分らしさを育て合う社会をつくっていけたらいいですね。
今回の話が、あなたの〝らしさ〟を見つけるヒントになったら嬉しいです。
この記事から感じたあなたの気づき、実践してみて感じたことなど、ぜひコメントで教えてください。
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それではまた次回、新しい物語でお会いしましょう。
次も、きっとあなたの心を揺さぶる「生き方」に出会えるはずです。
次回予告
次回は、刀剣研師、佐々木卓史さんの2つ目の物語をお届けします。
佐々木さんが一流の刀剣研師を育てるために〝内弟子〟にこだわる理由。
一見遠い話に聞こえますが、全然そんなことはありません。
そこには、大切にしたい人を通して、あなたの〝らしさ〟を育てるヒントが隠れているかもしれません。
お願い
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ここまで読んでいただいたあなたにお願いがあります。
▷僕の〝恩返し〟に協力してください
そして、できるならコメントをしてもらえるととても嬉しいです。
華洲さんは誰のどんな話にも耳を傾けてくれる方です。
家元として華道の精神を体現し、いけばな文化の発展のために今も試行錯誤されています。
あなたのコメントは、いけばなの魅力を違う角度から照らし出す光になります。
華洲さんが引き継いでいる伝統の考え方は、今の時代にも必要とされている証としてあなたのコメントを届けたい。
「よかった」の一言だけでも十分です。僕の〝恩返し〟に協力してください。
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