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ロスコ的コンポジション【この記事は不定期で更新します】

 この記事は、それっぽい(ロスコっぽい)写真があれば不定期で追加していきます。たまに見に来ると写真が増えているかもしれません。


マーク・ロスコ《ボトル・グリーンと深い赤》1958

 マーク・ロスコはこう言ったそうだ。「私の作品は抽象画ではない。生きて呼吸している」

マーク・ロスコ《ボトル・グリーンと深い赤》1958(拡大)
大阪中之島美術館「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」にて
マーク・ロスコ《ボトル・グリーンと深い赤》1958
大阪中之島美術館「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」にて

 ロスコの絵画は、ただ鑑賞するための作品ではなく、目の前に立って没入するための装置なのではないか。そこから敷衍すると、ロスコ的コンポジションはすべて、目の前に立って没入するためにある。雑に言ってしまえば、視界を直線(厳密には直線でなくてもよいが)が二分割(二分割でなく三分割でもよいが)するのはすべてロスコ的コンポジションであって、我々がふだん目にする風景にもロスコ的コンポジションはそこかしこに見られる。自然界にあって、いちばん分かりやすいのはやはり水平線であろうか。
 ロスコの普遍性は、みずからの作品を通して我々に、絵画に、あるいは目の前の風景に「没入する」ことを提示している点にあるのではないか。あなたの目にしている光景はすべて、没入して世界と一体になるための装置なのですよ、と。

oakoak, ‘Free Rothko’, 2024

 下の写真はフランスのストリートアーティストによる(画像自体はネットで拾った)ものだが、ロスコ的コンポジションの普遍性を如実に物語っているのではないか。

oakoak, ‘Free Rothko’, 2024
ネットで拾った画像。実物はどうやらフランスにあるらしい

 そして、その実物を加工したか、画像を加工したか(たぶん後者だ)した写真。モノクロにしたのもおそらくは意図的なものだろう。より杉本博司っぽくなっている。秀逸すぎる。

これもネットで拾った。最初に見つけたときは、これは天才なのではないかと思った


 以下の写真はすべて僕が過去に撮ったもので、ロスコ的コンポジションを意識して撮ったものとそうでないものがある。無意識のものの方が面白いような気がするが、所詮素人が撮った写真なんてそんなものだろう。


早瀬(福井県美浜町)

 福井県嶺南にある三方五湖のうちのひとつ久々子くぐし湖。その北端にある早瀬はやせから日本海を眺めた写真。銘酒「早瀬浦」のお膝元だ。

右にうっすら見えるのは敦賀半島


マーク・マンダース《2色のコンポジション》2005-2020

 みんな大好きマーク・マンダース(えっ?好きやろ?)。彼にだってロスコ的コンポジションの作品がある。

マーク・マンダース《2色のコンポジション》2005-2020(拡大)
金沢21世紀美術館「Lines -意識を流れに合わせる」にて
マーク・マンダース《2色のコンポジション》2005-2020
金沢21世紀美術館「Lines -意識を流れに合わせる」にて


ONOメモリアル(福井県坂井市)

 福井県坂井市三国にある「ONOメモリアル」。三国ゆかりの美術家、小野忠弘の住居兼アトリエを改修して同氏の作品を収めた小さな美術館である。その壁面に沿って空を見上げた写真。僕ははじめて見たとき、青いゴールドライタンかと思った。えっゴールドライタン知らない?こりゃまた失礼いたしました。

ONOメモリアル。通称BLUE CAKE


イングランドの丘(淡路島)

 淡路島にある「イングランドの丘」を10年以上前に訪れたときの菜の花畑の写真。ふだん写真については無加工だが(ポリシーとかではなくて加工するのが面倒なだけ)最初期のインスタグラムに付属していた機能で、ポラロイドっぽく加工してある。

ちょっとウクライナの国旗っぽくもある


潮騒レストラン(石川県珠洲市;奥能登国際芸術祭)

 石川県珠洲市全域で3年に1回開催される奥能登国際芸術祭。昨年(2023年)は開催年であり、11月に出かけた。そのとき、スズ・シアター・ミュージアムに併設された潮騒レストランのカウンターから撮った写真。風景が四角く切り取られていてまさにロスコ的コンポジションである。

珠洲の潮騒レストランから眺めた日本海。灰色の空と鈍色の海。
真っ青な海よりも、どうしてもこちらに日本海らしさを見出してしまう。

 その後、元旦の大地震が能登半島を襲う。
 忘れられがちだが、2023年5月の地震(令和5年奥能登地震)でも珠洲市は被害を受けている。第3回奥能登国際芸術祭は地震を乗り越え、3週間会期を遅らせて開催された。その後の元旦の地震、9月の豪雨災害のことを思うと胸が塞がる思いだ。神様なんかおらへんと思う。

道の駅河野(福井県南越前町)

 国道8号沿いにある「道の駅河野」。高台にあり、眼下に日本海を見はるかす。通るたびに車を下りて、その風景にしばし包まれる。

眼下の日本海(敦賀湾)

 雨の日(しかも割と強い雨)の同じ場所から。「没入」という観点からはこちらの方がよりロスコ的と言えるかもしれない。

水平線が水平線に見えない

 さらに同じ日の雨上がり、日の入りの刻限の写真。オレンジ色の光の帯がなまめかしいが、ロスコ的かと言われると疑問が残る。でも没入はできる。

空が、オレンジ色の帯を押し下げて海面に圧をかけているかのよう


桑田卓郎《無題》(大瀧神社・岡太神社;GO FOR KOGEI 2021)

 2021年から始まったGO FOR KOGEI。昨年および今年はとうとう福井県での開催が無くなってしまったのですっかり縁遠くなってしまった。その初回のGO FOR KOGEI 2021の会場のひとつ、大瀧神社・岡太神社に陶芸家桑田卓郎の作品群が展示されていた。

桑田卓郎《無題》
GO FOR KOGEI 2021 大瀧神社・岡太神社にて
桑田卓郎《無題》
GO FOR KOGEI 2021 大瀧神社・岡太神社にて

 以前にも金沢のKAMUで桑田卓郎の作品を見たことがあって、そのときは毒々しい色が正直あまり好きになれなかった。それが、神社の境内に配置されると、毒々しいタッチはそのままなのに何故かにこの場に似つかわしいような気がして不思議だった。

篠島(愛知県南知多町)

 三河湾に浮かぶ離島、篠島しのじま。どうしても船に乗る旅がしたくてお手軽に出かけた。宿でふぐのコースを堪能した翌朝、島を散歩しているときに撮った太平洋の写真。近くには「癒やしとアートの島」として知られる佐久島があるのだが、そちらにはなんだかあんまりそそられへんのですよ。

日本海より太平洋の方が青い色が濃くて暗い気がする。僕だけですかそうですか


金沢城のなまこ壁(石川県金沢市)

 9月の下旬、秋口なのにえらく暑い日。金沢の四知堂スーチータンでお昼を食べて国立工芸館に向かう途中…だったと思う。

金沢城南側の城壁のなまこ壁。今思えば自転車は余計だった


高雄(台湾)に行く途中の飛行機の中から

 今年の3月、台湾の高雄へ行く飛行機の中から撮った写真。飛行機に乗るのも海外に行くのもひさしぶりすぎてすっかりテンションが上がってしまっている。

関空から台湾・高雄へ向かう機上にて


「江賢二個展2023」高雄市立美術館

 その高雄で訪れた高雄市立美術館。僕的には「地元の美術館でも行ってみるか」くらいの軽い気持ちだったのだが、企画展を三つも四つも同時にやっているようなデカい美術館だった。よく考えれば高雄は台湾第二の都市(台中に追いつかれつつあるらしいが)なので、美術館が大きくても不思議はない。欲張って全部鑑賞したらへとへとになった。
 台湾の現代アートの大御所、江賢二(Paul Chiang)。最初に観たのはその個展。小さなペインティングがちょっとロスコっぽかった。僕には、エートスが立ち昇る様にみえる。

江賢二の作品。タイトル不明
高雄市立美術館「江賢二個展2023」にて


謝德慶《我的軍人身分》1973

 さらに別の企画展「南方作為衝撞之所 South as a Place of Changes」。サブタイトルに "Kaohsiung Art Voice from 1970s to 1990s"とある。具象の、そして生々しい作品が多い中でシンプルな構成が目を引いた謝德慶の作品。しかしそこに書かれているのは彼の兵役中の所属を示す番号であり、この作品の抽象性を否定するかのようだ。

謝德慶《我的軍人身分》1973
高雄市立美術館「南方作為衝撞之所」展にて


雄島(福井県坂井市安島)

 東尋坊の北方にある雄島おしま。休日に仕事以外で職場の人間と過ごすことが滅多にない僕としては大変珍しいことだが、職場の人間と訪れたときに撮った写真。

雄島の柱状節理と日本海。写っているのは職場の後輩。ちなみにこの辺は地磁気が強すぎて方位磁針がうまくはたらかないらしい


甲楽城のトマソン(福井県南越前町;のこのここうの)

 福井県南越前町に河野こうのという地域があり、その地域の集落を「まち歩き」するツアーがたびたび開催されている。そのうち甲楽城かぶらきという集落で開催されたときに撮った写真。かつての海面の高さがわかって興味深い。

南越前町甲楽城かぶらき
公民館の裏手を抜けて漁港にゆるやかに下りてゆくスロープの途中で


明治時代の石積堰堤(福井県南越前町)

 その南越前町は海も山も豊かで(そもそも面積がデカい)、山奥には明治期に人の手で作られた石積みの砂防堰堤がある。それがとても美しいのだ。

明治期に構築された名も無き石積みの砂防堰堤。苔むした緑の上半分と水に濡れて茶色く光る下半分の対比が美しい


波松海岸(福井県あわら市)

 現在僕は敦賀在住だが、敦賀の前は福井県最北の自治体あわら市に住んでいた。当時の住居から車で5分ほどのところに波松海岸(「なみまつ」とも「ないまつ」とも読む)という海岸があった。夏の夕方などは仕事終わりにふらっと出かけてここに座ってぼんやりすることが多かった。

福井県あわら市の波松海岸。僕の中ではベストオブ海岸


心和山光清寺「心和の庭」(京都市上京区)

 京都市上京区、千本出水を西に入っていったところに心和山光清寺という臨済宗のお寺がある。このお寺の本堂に面した庭は、かの重森三玲の作庭による。普段は非公開で、毎年秋に数日間限定公開される。その「心和の庭」を作為的にロスコ的コンポジションを意識して撮ってみた。

光清寺「心和の庭」。かなり意識的に撮ってみたもの

 ちなみに普段は非公開だが、座禅体験やヨガ体験などを積極的に開催されており、それらの体験は本堂で開催される。つまりこれらの体験に参加すればお庭を観ることができるのだ。


有漏神社(滋賀県長浜市木之本町山梨子)

「うろじんじゃ」と読む。湖北エリアの東側に位置し、鳥居は琵琶湖に面している。このあたりは、賤ケ岳に連なる湖北丸山、西野山、山本山などの山塊が琵琶湖に迫っている。それぞれの山の標高こそそれほど高くないものの急登の連続する険しい山塊であり、そのために湖岸に舗装された道が整備されていない。したがってこの神社には、徒歩もしくは船舶やカヌー、SUP等の手段でしか来ることができない。

琵琶湖の湖面と苔のコントラスト


リチャード・ロング《滝の線》1996

 リチャード・ロングが、1996年に京都国立近代美術館で開催された「山行水行」展に際して同館1階ロビーに制作した作品。使われているのは信楽の土だそうだ。剥落することなく今も残っているのは驚きである。

リチャード・ロング《滝の線》1996(一部)
リチャード・ロング《滝の線》1996
広いロビーの対面にはもうひとつ《京都の泥の円》という作品がある


マーク・ロスコ《無題》1961

マーク・ロスコ《無題》1961 油彩、画布 福岡市美術館
マーク・ロスコ《無題》1961(一部)
マーク・ロスコ《無題》1961(一部)
マーク・ロスコ《無題》1961(一部)

 ロスコ的なものでなく正真正銘のロスコだ。ひさしぶりにロスコの作品を福岡市美術館で観た。コレクション展示だったが、福岡市美術館のコレクション展示はとても工夫されていて、観ていてたのしくなる。それぞれの絵画に想定されている線(地平線)を一本の線でつなげて、それがロスコにつながってゆくようになっている。

地平線を意識するように工夫された展示
作品は三岸好太郎《海と射光》1934
地平線横一閃
真ん中はロイ・リキテンシュタイン《雲のある海景》1965


波松海岸(福井県あわら市)その二 2026.6.13

波松海岸の砂浜

 僕の中のベストオブ海岸なので二度目の登場である。初夏の真っ青な空に吸い込まれそうになる。ロスコ的コンポジションでもあり、アンドレアス・グルスキーの写真のようでもある(自画自賛もはなはだしい)。

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