#002 なぜ39歳で建設業に飛び込んだのか
はじめに
いきなりですが、第2話になりました。
自己紹介だけで終わるつもりだったんですが、ちょっとだけ反響があったのでイイ気になりました。
ちょっとだけお付き合いください。
もくじ
「四十にして惑わず」の一年前
好きな仕事、それでも消えなかった違和感
妻の一言が背中を押した
建設業という未知の世界へ
振り返れば、ずっと「未知」へ向かって
地図の外側に立つ感覚
スケールを握った39歳
「四十にして惑わず」の一年前
39歳。
40歳まで、あと一年。
「四十にして惑わず」
ふと孔子の言葉を思い出した。
子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。
昔は、40歳になれば迷いがなくなるものだと思っていた。
けれど、実際に39歳を迎えた私は、人生で一番迷っていた。
好きな仕事、それでも消えなかった違和感
大学院で文学を学び、その後はネット通販の卸会社に就職した。当時の通販業界は若い人が多く、変化のスピードも速かった。勢いがあり、新しいことに次々と挑戦できる刺激的な世界だった。
セルリアンタワーのオフィスで仕事をしたり、ベイコート倶楽部の最上階で食事をしたり、ロールス・ロイス ファントムに乗せてもらったり。自分では決して経験できなかった世界を見せてもらった。今でも、あの会社には感謝している。
そして何より、仕事そのものが面白かった。営業として経験を積み、そのうち管理職にもなった。
それでも、心の中には少しずつ違和感が積み重なっていった。
会社の将来に対する不安。
自分はプレイングマネージャーとして、現場に立ちながら組織にも貢献したい。だけど、会社の方向性を見る限り、そのような役割を育てようという雰囲気はあまり感じられなかった。
「このまま、この会社で歳を重ねていいのだろうか。」
そんな問いが、日に日に大きくなっていった。
妻の一言が背中を押した
後になって妻から聞いた話だが、その頃の私は、会社への不満や将来への不安を、想像以上に口にしていたらしい。
自分では平静を装っているつもりだったんだけど。
けれど、一番近くにいた妻には、すべて見えていたんですね。
そして、意外だったのは、その妻が転職を後押ししてくれたことだった。
「違う世界を見てもいいんじゃない?」「君がしたいようにしていいんだよ。」
その言葉で、ふっと肩の力が抜けた。
そうか。
今いる場所だけが世界ではない。
そう思えた瞬間だった。
建設業という未知の世界へ
39歳は、「四十にして惑わず」の一歩手前だった。
でも振り返れば、私にとって39歳は、「迷いをなくした年」ではない。
迷うことを恐れなくなった年だった。
そして私は、まったく経験のない建設業の世界へ飛び込む決意をした。
文学を学んできた人間が、橋を直す仕事へ。
そのときは、「人生で一番大きな挑戦」だと思っていた。
でも、
ん? ちょっと待てよ。
少し時間が経って振り返ると、ふと気づいた。
そうだった。
よく考えたら、今いる場所から別の全く知らない場所に行くことは、これまでの人生の中でザラだったんだ。
振り返れば、私はずっと「未知」へ向かっていた
子供時代は、転校に次ぐ転校。
大学院時代は、やったこともないのに学会発表。
博士課程へのチャレンジでは、難関大学を受けて軒並み不合格。
思えば私は、ある意味で万年根無草だった。
地図の外側に立つ感覚
新しい街。
新しい職場。
新しい人間関係。
そこへ足を踏み入れた瞬間、自分だけが地図の外側にいるような感覚になる。
周りは互いを知っている。
自分だけが、誰の物語にも登場していない。
あの居心地の悪さだけは、何度経験しても慣れることはない。(この辺の詳細は書きたくなったらまた書きます)
『BLUE GIANT SUPREME』で、宮本大が初めて渡ったドイツの街を一人歩く場面がある。
言葉も通じない。
知り合いもいない。
孤独だ。
あの場面を読むたびに、「未知の世界へ踏み込む」ということは、結局こういうことなんだと思う。
建設業へ転職した39歳の私も、少しだけ似た景色を見ていた。
スケールを握った39歳
もちろん、私はサックスは吹けない。どころか楽器は何一つできない……
代わりに握ったのは、スケールだった。
誰も私を知らない現場で、一から仕事を覚え、名前を覚えてもらい、少しずつ居場所をつくっていく。
孤独だった。
でも、その孤独は嫌いではなかった。
未知の世界には、不安だけでなく、自分がまだ知らない自分も待っている。
そう信じられたからだ。
