#001 文学修士なのに、橋を直してます。
もくじ
1. もともとゴリゴリの文系でした
2. 文学をあきらめて、営業の10数年
3. 30代でまさかの建設業へ
4. ヘルメットと朝礼と終わらないドリル
5. 資格は「越境のパスポート」
6. 文学が現場で活きた話
7. 文系か理系か、じゃなくて
「ご出身は?」と聞かれて、「文学部です。大学院まで行きました」と答えると、たいてい相手は一瞬固まります。
だって私、いま橋を直す仕事をしているので。
一級土木施工管理技士、コンクリート診断士。 次は技術士(鋼構造及びコンクリート)を狙っています。
どこからどう見ても「理系のキャリア」に見えます。
でもスタートは、ガチガチの文学青年でした。
このギャップだらけの半生が、キャリアに悩む誰かのヒントになればと思って、書いてみます。
1. もともとゴリゴリの文系でした

大学は文学部。そのまま大学院の修士課程まで進んで、文学や哲学と格闘する日々を送っていました。
修士論文を書いていた頃に書き溜めた膨大なメモは、いまでもWebサイト(テクスト礼讃)にまとめて残していて、あの時間はいまも私の土台になっています。
本を読み、考え、書く。それが人生の中心でした。
朝から晩まで図書館の地下に籠って、本を開いては文献に潜って、一行の解釈をめぐって何日も悩む。 生産性という言葉から、もっとも遠い場所にいたと思います。
でも、あの「答えのない問いに耐える時間」が、のちのち効いてくることになります。
そんな私ですが、文学の道は、あきらめました。
理由を書き出すと長くなるので割愛しますが、まあ、よくある話です。 夢と現実の話。
ただ、ここで大事なのは──
「あきらめた」が、キャリアの終わりじゃなかった、ということです。
むしろ、ここからが本番でした。
2. 文学をあきらめて、営業の10数年

文学の道を降りてからは、ネット卸の会社に入り、10数年間、岡山と東京を往復する生活を送りました。某ネット外資大手に何度訪問したことか……
新幹線に揺られながら資料を読み、着いたら商談、終わったらまた移動。
そんな日々の繰り返しで身についたのが、営業のイロハです。 というか、営業のすべてはここで学んだと言っても過言ではありません。
お客さんの話を聞く。 課題を見つける。 提案する。 断られる。 それでも通う。
数字に追われながら、足で稼ぐ毎日でした。
文学とは何の関係もない毎日……のはずなんですが、いま思えば、そうでもなかった。
相手の言葉の裏を読む。文脈をつかむ。伝わる言葉を選ぶ。
営業って、実はめちゃくちゃ「読解」の仕事なんですよ。
テクストを読む訓練は、人を読む訓練でもあったわけです。
3. 30代でまさかの建設業へ
そんなある日、耳に入ってきたのが「建設業界が営業を求めているらしい」という話でした。
建設業界、特に土木の世界は、技術者はいても「営業ができる人」が意外と少ない。 10数年かけて培った営業スキルが、そのまま武器になる。
そう聞いて、一念発起。
ギリギリ30代で、建設業界に飛び込みました。
未経験の業界、しかも文系出身。不安がなかったと言えば嘘になります。
でも、インフラの維持管理は、これからの日本で確実に必要とされ続ける仕事です。 高度経済成長期につくられた橋やトンネルが、一斉に老朽化の時期を迎えている。
課題が山積みの業界に、自分の営業力を持ち込む。
いま流行りの言葉で言えば、キャリアのピボットというやつだったのかもしれません。
文学修士が、ネット卸を経て、土木の世界へ。
我ながら、履歴書の一貫性のなさには自信があります。
でも、この「一貫性のなさ」こそが、あとで効いてくるんです。
4. ヘルメットと朝礼と、終わらないドリル
営業として入社したものの、土木の世界はそんなに甘くありません。
「営業でも現場を知らなきゃ話にならない」
ということで、入社してすぐヘルメットをかぶり、朝礼から参加することになりました。
配属されたのは、橋梁の断面修復と炭素繊維接着の現場。
……何を言っているかわからないですよね。
大丈夫です。当時の私もわかりませんでした。
劣化したコンクリートをドリルではつって(=削り取って)、断面をつくり直し、炭素繊維シートで補強する。ざっくり言うとそういう工事なんですが、当時の私に見えていたのは「日々、橋をドリルでドカドカやっている」という光景だけ。
音がすごい。 振動がすごい。 そして、この作業がいつ終わるのか、まったくわからない。
文学部出身の30代営業マンにとって、これはなかなかの洗礼でした。
朝礼で交わされる言葉も半分は専門用語で、最初は外国語の授業を受けている気分。
それでも職人さんたちの動きを毎日見ていると、一つひとつの作業に意味があることがわかってくる。

わからないことは素直に聞く。これは営業時代に叩き込まれた基本です。
そして不思議なもので、毎日現場に立っていると、少しずつ「橋の声」みたいなものが聞こえてくるんです。
ここが傷んでいる。ここはまだ大丈夫。
図面と現物のあいだにある「行間」が、だんだん読めるようになってくる。
このあたりから、仕事が面白くなってきました。
5. 資格は「越境のパスポート」
現場がわかってくると、今度は体系的な知識が欲しくなります。
そこで資格の勉強を始めました。
まず一級土木施工管理技士。次にコンクリート診断士。
文系出身者にとって、構造や材料の世界はゼロからのスタートです。
正直、しんどかった。

でも、ここで効いたのが大学院時代の経験でした。
膨大な文献を読み込み、構造化して、自分の言葉でアウトプットする。
修士論文で鍛えたその筋肉は、資格試験の勉強とほぼ同じ動きだったんです。 テキストを「読む」ことに関しては、こちとらプロですから。
仕事のあとや移動時間にコツコツ積み上げるスタイルも、岡山と東京を往復していた営業時代にすでにできあがっていました。
異業種から飛び込んだ人間にとって、資格は「越境のパスポート」です。
「文系なのに大丈夫?」という視線を、一枚の合格証が黙らせてくれる。
いま挑戦している技術士(鋼構造及びコンクリート)は、その集大成のつもりです。(ほんとに受かるのか??)
6. 文学が現場で活きた話
「文学って、仕事の役に立つの?」とよく聞かれます。
立ちます。断言します。
一番活きているのは「感性」です。
技術士の世界では「現場感覚」というものが重視されるんですが、これはマニュアルを読んでも身につかない、ある種のセンスなんですよね。
コンクリートのひび割れを見て「これは怪しい」と感じる力。 数値には表れない違和感を拾う力。

実は、文学や哲学の世界でも、まったく同じセンスが問われます。
テクストの微細な揺らぎを感じ取る。 言葉にならないものを、言葉にする。
私はその訓練を、20代のあいだずっとやってきました。
だから現場でも、その感覚は充分に活かされてきたと思っています。
それに、書く力と伝える力。
点検や診断の世界は、最終的には「報告書」と「説明」で成り立っています。 どれだけ正確に調べても、伝わらなければ意味がない。
構造物の状態を、専門外の発注者にもわかる言葉に翻訳する。
この「翻訳」の仕事は、文系の独壇場だと思っています。
ひび割れも、行間も、読む。
やっていることは、実はあまり変わらないのかもしれません。
7. 文系か理系か、じゃなくて
いま私は、橋梁補修の会社で営業もやるし、現場にも出ます。
コンクリート診断士会では、講師も務めるようになりました。
人前で専門技術を教える日が来るなんて、ヘルメットのかぶり方すら知らなかったあの日の自分からは想像もつきません。

文学をあきらめた20代の自分にこれを教えたら、たぶん信じないと思います。
でも振り返ってみると、一つも無駄がなかった。
文学で読む力を。 営業で伝える力を。 現場で見る力を。
それぞれの場所で拾ってきたものが、いま全部、橋の上でつながっています。
キャリアの話になると、よく「文系か理系か」という区分が出てきます。
でも、10数年遠回りして橋にたどり着いた身として、言わせてください。
その区分、あんまり意味ないです。
テクストを読む力は、人を読む力になり、営業の力になり、コンクリートを読む力になりました。
遠回りで拾ったものは、捨てるところがない。 全部、どこかでつながる。
スタートアップの世界では「越境人材」なんて言葉をよく聞きます。 専門の外側にもう一本、別の軸を持っている人が強い、という話。
だとしたら、遠回りは弱点じゃなくて、むしろ資産です。
だから、キャリアに迷っている人には、こう伝えたいんです。
文系か理系か、じゃなくて。
面白いほうへ。
