見出し画像

転んで笑われた日、僕は少しだけ主人公になった

今回はなんと!
のぞみんさんの企画に参加させていただきます🙌



できれば、
恥ずかしい思いなんてしたくない


人前で転びたくない。
変なことを言いたくない。
誰かに笑われるようなことは避けたい。

僕もどちらかといえば、内向的で控えめなタイプです。
人目につくことは得意ではありません。

できることなら、静かにその場にいたい。
目立つとしても、かっこいい場面だけで目立ちたい。

だけど人生は、そんなに都合よくできていません。

先日、僕は思いっきり転びました。

それも、笑われるくらい派手に。


坂道で派手に転んだ

友人と出かけた時のことです。

写真を撮ろうとして、
少し後ろに下がった瞬間でした。

つるっ。

足元の感覚が、一瞬で消えました。

「あ、終わった」

そう思った時にはもう遅く、僕は坂道をずり落ちるように派手に転んでいました。

少しよろけたとか、軽くつまずいたとか、そういう可愛いものではありません。
自分でも「え、そんな転び方ある?」と思うくらいの転び方でした。

正直、かなり恥ずかしかったです。

もともと僕は、どんくさいところがあります。
何もないところでつまずいたり、毎日のように足を滑らせたりします。

だから僕の中では、

「あぁ、また今日も恥ずかしいことをしてしまった」

という気持ちでした。

でも、周りの反応は違いました。

近くにいた人たちは、僕の転び方を見て爆笑。

友人も、
「またかー!」

と言いながら大爆笑していました。


恥ずかしがるか、笑いに変えるか

その瞬間、少しだけ時間が止まったような気がしました。

ここで本気で恥ずかしがったら、
たぶん空気が気まずくなる。

本人が下を向いたら、
周りも笑っていいのか分からなくなる。

恥ずかしい出来事は、
本人の受け取り方で空気が変わる。

そう思った僕は、すぐに自分で笑いました。

「何やってんねん、恥ずかしいな!」

そう言って、
自分の転び方を一番に笑い飛ばしました。

すると、不思議なくらい空気が軽くなりました。

友人はさらに笑ってくれました。
周りの人も、安心したように笑ってくれました。

さっきまでの「恥ずかしい出来事」が
気づけば「楽しい出来事」に変わっていました。

あの瞬間、少しだけ自分がその場の主人公になったような気がしました。

そして思いました。

恥ずかしいことって、
実は美味しいのかもしれない。


失敗は、場を明るくする材料になる

人はどうしても、
恥ずかしいことを避けようとします。

変に思われたくない。
笑われたくない。
悪目立ちしたくない。

その気持ちは、すごく自然なものだと思います。

でも、もしかすると僕たちは、恥ずかしいことを必要以上にマイナスに捉えすぎているのかもしれません。

もちろん、人を傷つけるようなことや、誰かに迷惑をかけることを面白がるのは違います。

だけど、自分のちょっとした失敗や、どんくさい一面なら。
それは隠すものではなく、
場を明るくする材料になることがあります。

完璧な人より、少し抜けている人の方が親しみやすい。
失敗しない人より、失敗を笑える人の方が近づきやすい。

もし僕が普通に写真を撮って、普通に歩いていたら、きっと何も残らなかったと思います。

でも、派手に転んだからこそ笑いが起きました。
友人との思い出になりました。
こうして記事にすることもできました。


ただの失敗では終わらなかったんです。

美味しい出来事になりました。


恥ずかしいことは、美味しいこと

恥ずかしいものは、恥ずかしいです。
転んだ瞬間は、普通に恥ずかしいです。


でも、そこで自分が笑えたら
出来事の意味は少し変わります。

「最悪だ」と思っていたことが、
誰かの笑顔になる。
「恥ずかしい」と隠したかったことが、
思い出になる。

だから僕は、これからもきっと転びます。
たぶん、また足を滑らせます。

でもその時は、できれば自分で笑って言いたい。

「いや、これは美味しいな」と。

恥ずかしいことは、美味しいこと。

そう思えたら、
少しだけ人生は面白くなるのかもしれません。

いいなと思ったら応援しよう!