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最悪を想像するほど、現実が崩れる。まだ起きてないのに疲れてしまう人へ

まだ起きてないのに、心だけが先に削れる

「もしこうなってしまったらどうしよう。」
その考えが浮かんだ瞬間、胸がきゅっとなる。

まだ何も起きていないのに、
心の中ではもう「最悪」が始まっている。

正直、僕もしょっちゅうです。
起きてもないことに不安を抱く。
頭の中で、最悪の展開だけが勝手に進んでいく。

特に、仕事のこと。

「自分の行動によって損失に繋がってしまったらどうしよう」
「たった一つの判断で、誰かに迷惑をかけたらどうしよう」


そう考えた瞬間、身体が固くなる。
慎重になるというより、怖くて動けなくなる。

これ、部活動でも同じでした。
「ミスしたらどうしよう」が先に立って、消極的になる。
いつも通りの動きができなくなる。
自分のプレーが小さくなっていく。

そして一番しんどいのは、
不安を抱えている自分に、また落ち込むこと。

「また考えてる」
「自分は弱いのかな」

そんなふうに、自分で自分を責めてしまう。


未来が怖いんじゃない。
“過去の痛み”が怖い


冷静に見ると、原因はだいたい同じところにあります。

自信のなさ。
過去の失敗体験。
あのときの恥ずかしさ。
あのときの後悔。


不安が強いときって、未来を見ているようで、実は過去を見ています。
「あのミスの痛み」を、また味わいたくないだけ。

だから頭は“最悪を避ける”モードに入る。
その結果、判断が遅くなったり、確認が過剰になったり、
逆に怖くて一歩が出なくなったりする。

皮肉なことに、ここが落とし穴。

ミスを避けたい気持ちが強いほど、
ミスが起きやすい形になってしまう。

視野が狭くなる。
テンポが崩れる。
余計なことまで気になって、肝心なことが抜ける。

ミスを減らしたいのに、
“ミスを呼ぶ状態”に近づいてしまう。


「最悪映画」は、ほとんど公開されない

ここで一回、言い切ります。

その悩み、大抵起きません。

もちろん、ゼロじゃない。
でも、
あなたが頭の中で上映している“最悪映画”は、
ほとんどが公開されない
まま終わります。

なぜなら、現実にはブレーキがいくつもあるから。

上司のチェック。
周りのフォロー。
仕組み。
やり直しの余地。
相談できるタイミング。

不安は、それらを全部消して、
“自分ひとりが全責任を背負う世界”を作ってしまう。

そして、まだ起きていない未来のために、
今日の体力と集中力と機嫌を先に持っていく。

起きない未来のために、今を削るのは
割に合わない。


だから僕は、最悪のことばかりを考えるのをやめようと思います。
まあ、それが難しいからなかなかできないんですけどね。笑


「もしも」は悪者じゃない。
扱い方の問題


誤解したくないのはここです。

“もしも”を考えること自体は、悪くない。
準備や対策に変わるなら、むしろ強い。


問題は、こういう“もしも”。
・対策に変わらない「もしも」
・心を消耗させるだけの「もしも」


このタイプの“もしも”が、あなたを苦しくする。

だから方針はシンプル。

「もしも」が出てきたら、対策に変える。
対策に変えられないなら、そこで終了。

不安をゼロにする話じゃありません。
不安に巻き込まれる時間を短くする話です。

そして、部活動で消極的になってしまうのも、
気合が足りないからじゃない。
責任感が強い人ほど、怖くなる。
だから必要なのは根性じゃなくて、扱い方です。


起きていない事実に、
もう人生を明け渡さない


もしもの話は、あくまでももしもです。
頭の中は、不安の編集が上手すぎるだけです。


起きてもいない事実に対して、
もう悩み苦しみたくない。

そう思えた時点で、
あなたはもう一歩進んでいます。

最後に、今日の宿題を一つだけ。

今日の「もしも」を1つだけ書いてください。
そしてこう分ける。
・自分の一手で確率が下がる
 → 対策を1個だけ入れて前へ
・自分の一手でも確率が変わらない
 → 今日はそこで終了

“安全策を入れて、前に出る”
それが、消極性を終わらせる一番現実的な方法です。


起きない未来より、
いまの自分を守るほうが大事だから。

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