『推し、燃ゆ』宇佐美りん 『ハンチバック』市川沙央
『推し、燃ゆ』を読み終わり、これ芥川賞受賞作なんだー、というところから『ハンチバック』の記録を書いてなかったことを思い出したので併記。
どちらも「ハンディキャップを抱えた主人公の生きづらさ」というテーマなので、比較するのはあながち的外れでもない気がする。
個人的には『ハンチバック』の方がよかったなあ。
悩みに対する主人公の姿勢が『ハンチバック』の方が好感がもてた。
ハンディキャップ自体『ハンチバック』の主人公は体の置き方を間違えると窒息しかねないという肉体的な辛さであるのに対し、『推し、燃ゆ』の方はADHD的な特性。前者の方が辛そうにもかかわらず、強かに生きている(環境に恵まれていたり、社会に対する姿勢は拗らせてはいるものの)のに対し、後者は推しの人気投票の結果に一喜一憂して病んでいく。
もちろん辛さをどうとらえるかは人それぞれだし、「より辛い奴がいるから泣き言をいうべきではない」なんて言うつもりはないけど、『推し、燃ゆ』は少し白けた目で見てしまった。
自分が女子高生とか推し活とかとあまり縁がないからかもしれないが、たぶん原因はそれよりも、主人公の語りにある気がする。
主人公はその特性ゆえに家でもバイト先でも肩身を狭く感じていて、その辛さをことあるごとに語る。
主人公の悩みは終始それに尽きるが、一歩引いて見ると、主人公の周りの人も悩んでいる…というより主人公に悩まされている。友達は数学の教科書を返してもらっていないし、母は娘への伝わらなさにやきもきする。
特に姉は一番家庭の仲を取り持とうと苦労し努力しているように見えるのに、主人公は「姉は理屈が通じない」と断じている。
この自分がかけている迷惑や周りの立場を考えずに自分の辛さだけを主張するあたりがリアルといえばリアルではあった。
