土砂日記 六 最近
・料理する気概、というより、厨房に立つ意欲が急激に高まるあまり、気が逸って日本料理店に勤めはじめた。数ヶ月まえのじぶんとは比べものにならないほど、食への関心を深めている。源流に辿りつくのは簡単だ。三浦哲哉の近著『自炊者になるための26週』(朝日出版社、2023)である。今年2月、仙台三越地下のヤマト屋書店で本書を見初めるなり、霊力を帯びて起動したキョンシーさながらにオートマティックな足取りでレジに向かった。
・ぼくはよく感化される。じぶんにない習慣を身につけて得々としているひとを見ると地団駄踏むほど悔しくなる。英語のconquer(征服する)と発音が同じなのは偶然ではないとみている。三浦哲哉の前掲書や『食べたくなる本』(みすず書房、2019)にはじまり、有元葉子や栗原はるみ、細川亜衣、くどうれいん、平野紗希子、笠原将弘、丸元淑生といった「征服者」が大挙してぼくの食生活に乗り込んできた。困惑こそすれ、追い払いたいとは少しも思わない。むしろ、ぼくの地勢図が毎日塗り替わるのを喜んでいる。
・夕刻、広瀬川のほとりを歩いていたら、とてもくっきりした顔立ちをした、日本から遠く離れた西国からきたとおぼしき女性が前方に見えた。自転車のサドルに尻を落ち着けてその場に立ち止まり、前傾姿勢でスマートフォンを操っている。すると彼女の後方から楽天イーグルスの紅いキャップを被ったおじいさんがやってきた。すれ違いざま、彼は女性の顔を覗き込み、満面の笑みを湛えておもむろに会釈した。彼女も口角をあげて応じる。
「どこの国の人?」と彼が尋ね、「スリランカです」と彼女が答える。
ヘエーッ、スリランカ、とおじいさんが驚くと女性はそれを承けてなにかを教える。そして、「じゃ、行こうか」と誘いをかけるでもなく、暗黙のうちに示し合わせたかのように、おじいさんの向かうほうへと二人はゆっくり進んでいった。超常現象に接した興奮がしばらく胸から離れなかった。
・スリランカといえば、いまぼくにとってアツい調味料「ゴラカクリーム」である。外国食材輸入店めぐりに熱を上げる日々のなか、主にインドの食材を商う店舗で見つけた。若い店員の男性は、ぼくが同時に買い求めたパパドの皮の調理方法については、故郷インドの味に関心を持たれたことが嬉しかったのかこちらが尋ねるより早く、丁寧に話してくれたが、隣国スリランカのゴラカクリームのこととなるとなにも知らないようで、うってかわってひどく口ごもった。そんな彼と並んで立ち——どういうわけかつねに50センチ先ぐらいの超近距離に彼はおり、つねに爛々と目を輝かせて食い入るようにぼくの一挙一動を見守っていた——、小ぶりなハーゲンダッツのような容器をしばらくしげしげと観察して導き出された結論は「わからないね」だった。おもしろいので買うこととしたが、ハーゲンダッツに匹敵する価格に面食らう。会計するまで値段が判然としないのは輸入店を訪れる醍醐味でもあり、恐怖の淵源でもある。
さて実食だ。うさんくさそうに眺める家族の視線をよそに蓋を開ける。どす黒くきめ細かいペーストが目に飛び込む。たとえるなら黒にんにくの黒だ。香りはどうかというと、これまた黒にんにく。温熱療法の施術所を細々と営む祖母が家のそこここで育てている黒にんにくが鮮明に思い出される。容器にはなるほど、ワリオが食べるにんにくのような実が描かれていた。男子バスケ部が酷使したシューズの臭いにも喜色を浮かべたぼくが怯むほどに強い香気が、とめどなく容器から溢れ出る。どう食べたものか?
妹の調べによればゴラカは魚の臭み消しに用いられるというので、焼き魚に合わせた。なるほどおいしい。臭みは消えないまでも、魚の臭みとニンニクふうの臭みが掛け合わされると、思わぬ美味に転じる。黒にんにくを想わせる味わいを軸としつつも甘めの酸味も備わっていて、食指が止まらない。豚の生姜焼きにも合うときた。
ゆくゆくはゴラカもファッションフードの一翼を担うのだろうか。
コムデギャルソン川久保怜よろしく「黒の衝撃」を触れて回りたい。
・「歩くのが好き」という嗜好や、「きょうはまだ歩き足りない」という感覚を口にすると、多くのひとには衝撃と受け止められることが朧げに分かってきた。一言目に「変態」とか、それに類する敬遠ワードを差し向けてくる。「歩いている間なにを考えているのですか」という問いがめっぽう多いが、ここにはランナーやピアニスト、登山家に語りかけるのにも似た、遠巻きにする思考が息づいている。
しかし突き放すだけにとどまらないのが興味深い。「いや、でもその気持ちわからなくもない」と付け足し、「いや、おれもそういうふうにありたいなとは常々思ってるんだ」と付け足し、「まえにそれに似た感覚に触れたことあるんだ実は」と付け足す。じぶんをも変態の一員に組み込んで、ハッピーなのか御免被りたいのかわからなくて、おもしろい。
一日15キロは歩きたくて、その気になればいつでも40キロ歩けるし、歩きたいし、連日歩いたことあります、と、こちらから進んで突き放しにかかるのが楽しいと言ったら腹黒いだろうか。
謎に包まれた人物がエピソードを明かして「人間らしいとこあるんですね」に会話が収束し、聞き手の想定の範囲内におさまるのに退屈を覚えるたちなので、いっそ変態を突き詰めたい。
・八丈島に行く船が低気圧で欠航したので、池袋から鎌倉まで歩いた。
ホテル泊でもふと食べたくなったから、電気ポットやアメニティを総動員、ドンキで買ったざるやボウルもいかんなく使って、とみたのつけ麺を総額1000円で作り上げた。
激務明けだけど料理本欲しさに、仙台郊外の古書店まで15キロ歩いた。
晩年の坂本龍一がそうであったように、白のマットネイルをしてみた。
つくづく、一生しあわせに過ごせそうな論理構造に生きている。
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I.M.O.の蔵書から書物を1冊、ご紹介。
📚 かくれた次元/エドワード・ホール(日高敏隆・佐藤信行訳)