【短編ミステリー】謎解きホテル
一、「事件」
「わあ〜、いいホテルだね」
明香里は、颯馬を見ながら笑顔で言った。
「やんな。Googleのレビューもよかったし」
その古い建物はこじんまりとした大きさの洋館だったが、立派なものだった。
「颯馬くん、手紙持ってる?」
颯馬はシーリングスタンプで封がされた手触りの良い手紙を、黒いポシェットから取り出す。
ホテルにご到着されましたら、
ロビーへお進みください。
扉をくぐれば、そこは
「リアル脱出」の世界でございます。
ホテル内で発生する謎を解き、
真相にたどり着くことができれば
脱出成功となります。
当ホテルでの特別なひとときを、
どうぞお楽しみください。
ミステリ レアル
「だって。まあ、入ろか」
「うん。特にルール説明とかはない感じよね......」
扉の金色の取っ手を押して、ロビーに入った。
左側の受付にはホテルマンが2人並んでいる。
右手には螺旋階段があり、大理石のような材質と金色の手すりが高級感を演出していた。
ロビーのフロアを見渡すと、レッドカーペットというのだろうか?
スニーカーで歩くには申し訳ないと思ってしまうほど、どこも上質な内装であった。
2人は受付に進む。手荷物を台に置いた。
「予約している荘田なんですが......」
「荘田様。お待ちしておりました。ホテル『グランドレアル』へようこそ。1泊2日のご予約で承っております。お部屋の鍵はこちらになります。また、こちらのパンフレットもお取りくださいませ。ごゆっくりおくつろぎください」
受付の女性が笑顔で決まり文句を言った。
パンフレットを2つ取り、螺旋階段から2階の部屋へ向かった。
たくさん英語が刻まれた風変わりなエレベーターもあったが、あえて階段を使い、2人は自分たちを褒め称えあった。
部屋は高級とは言えなかったが、綺麗な内装で十分な広さだった。
「何が起きるんだろうね」
クイーンサイズのベッドに明香里が腰を下ろす。
「パンフレットになんか書いてあるんかな?」
颯馬はパンフレットを開く。
当ホテルでお過ごしの間に、現実と見分けることができないような事件が起こります。
なお、恐れ入りますが2日目の正午までは当ホテルから外へ出ることができませんのでご了承ください。
私ども9名のスタッフが、お客様を非日常へと誘います。ごゆっくりお楽しみくださいませ。
ミステリ レアル
その下には9名の男女が黒いスーツをまとい、笑顔でこちらを向いている写真があった。
「ミステリレアルさんって、9名でやってるんだ」
ミステリレアルは体験型の脱出ゲームを開催しており、単なる謎解きとは一線を画し、会場でしかできないリアルな体験ができるのが持ち味だ。
「確か初期メンバーの9人やねん。ようやりはるわ。あ、そろそろお昼ご飯の時間やな」
「もうそんな時間かあ。朝出発したのにね」
「ご飯食べてからゆっくりしよか」
「そうだね。めっちゃお腹すいたし。たしかレストランは1階ね」
2人は荷物を置いて1階へ降りた。
エレベーターのすぐ横の館内図を確認し、入り口とは反対側に位置するレストランへ向かった。

レストランはちょっとしたコース料理になっており、贅沢な逸品がふるまわれた。
「颯馬、ピーマン食べなさいよ」
「おかんみたいなこと言わんといて」
2人は笑った。
メインディッシュを平らげた後、デザートを持ってシェフがやってきた。
「フロマージュ・ブランです」
シェフは銀のトレーに乗せた2つの皿を目の前に移した。
「お料理はお口に合いましたでしょうか?」
「美味しかったです!この、ハチミツ最高です!」
「ありがとうございます。ニホンミツバチのハチミツなんです」
「ニホンミツバチなんて数減ってんちゃいますか?」
「よくご存じですね。そうなんです。彼らはこだわりが強い上、体も小さく農薬に弱いですから......」
他愛もない会話をしながら、シェフはミツバチの入手方法や料理のこだわりを教えてくれた。
「あ、もう1組来られてはるんや」
参加者であろう60代くらいの老夫婦が杖をつきながらゆっくりと入ってきた。
「こんにちは、あなたたちも謎解き?」
「そうです。こういうの好きで」
互いに簡単な自己紹介を済ませ、2人は部屋へ戻るべくエレベーターへ乗った。
「2階やから階段でもええねんけど」
「そうだけど、食後に動きたくない」
液晶に「2F」と表示され、扉が開く。
自分たちの部屋の扉にICキーをかざす。
「あれ、開かへん」
「貸して。......ほんとだね。多分これも謎だよね」
2人は知恵を絞る。
ICキーを長くかざしてみたり、差し込み口がないか調べたり、恐る恐る隣の部屋の扉にかざしてみたりしたが、どれも無駄骨であった。
明香里が急にエレベーターに向かって走り出した。
颯馬は後を追う。
「なんや急に」
「ボタンが1つしかない」
「ほんまや。ん?ってことはここは最上階だから......3階か?」
「このエレベーター、天邪鬼みたいだね」
明香里は扉を指さしながら口角を上げた。
GRAND REaL ELEVATOR maCHINE GRAND REaL ELEVATOR maCHINE GRAND REaL ELEVATOR maCHINE GRAND REaL ELEVATOR maCHINE GRAND REaL ELEVATOR maCHINE GRAND REaL ELEVATOR maCHINE ……
と、扉にたくさん書いてある。
そういうことか。シェフが「小さいものは弱い」そう言っていた。
「a」と「ma」が小さい=弱い、で、あまのじゃくだ。
「行きましょ」
そういって明香里はエレベーターに乗り、2階に行くべく「1」のボタンを押す。
「いや、部屋は......そっか。頭が狂ってしまいそうや」
2階に到着し、ようやく部屋に戻った。
部屋には謎が随所に仕込まれており、受付で取ったパンフレットの模様を壁紙と組み合わせて現れる数字に電話をかけるものや、水道や照明を活用したものなど、どれも面白いものだった。
颯馬は謎を解いた景品を受付に取りに行った。
「景品取ってきたよ」
ホテルのオリジナルタンブラーを明香里に渡した。
「いいね、普通に使えるやつじゃん」
「ね。あと受付の女性、美田さんって珍しい名前で......」
2人はそれからも謎解きを楽しみ、気づけば日が暮れていた。
ディナーを終え、それぞれ入浴を済ませた。
颯馬は、2階の大浴場にいる明香里へLINEを送る。
「もう出た?」
明香里
「まだ〜 今髪乾かし終えたところ!先戻ってて!」
「おっけ👍 お風呂の謎もおもろかったわ」
明香里
「ほんとそれ!笑」
颯馬は「男」と書かれた紺色の暖簾をくぐり、目の前に直線の廊下をとらえた。
その瞬間、遠くから「キャーーーッ!」という悲鳴が聞こえた。
明香里の声ではなかった。
颯馬はパタパタとスリッパから音を立てながら廊下を走った。
エレベーターはランプが点灯しており、誰かが使っているようだった。
おそらく1階で何かが起きたのだろう と確信した颯馬は、螺旋階段を駆け降りた。
ロビーに降り立つと、老夫婦がエントランスのガラス扉の向こうを凝視したまま立ち尽くしていた。
ガラスの向こうに人影が見える。
明香里も既にそこにいるようだった。
颯馬は扉を押し、外へ出た。
ロータリーの中心にある、大きな岩の上にホテルのスタッフがうつぶせで倒れている。
その頭から真っ赤な液体がアスファルトに向かって大量に垂れていた。
「わっ...」と颯馬は口を押さえた。
錆びた鉄柱を触ったあとのような、生々しい匂いが漂っていた。
ここまでリアルにする必要があるのか......?と颯馬は思った。
現場には既に、受付の美田とシェフの2人もいた。
「に、庭の水やりをしようと外に出たところ、急に、黒い影が落ちてきて、こんなはずじゃ......」
美田は震えた声で説明した。
どうやら第1発見者のようだ。
颯馬は演出だと分かっていながらも、現場の生々しさや女性の演技から、どこまでがフィクションなのか分からなくなってしまいそうだった。
背後の扉が押され、老夫婦と焦った支配人や他の従業員が出てきた。
「何が起きているんだ?」
支配人はそう言って遺体を見るなりひどく狼狽し、目線を下げた。
「支配人......これは」
「うるさい。静かにするんだ」
従業員の言葉を支配人が遮った。
他の従業員も頭を抱えたり、呆然としたり、辛辣な面持ちで互いに耳打ちをしたりそれぞれの方法で驚きを表現していた。
これで、このホテル内にいた全員が揃った。
明香里は全員を見回した後、話し始めた。
「これで全員ね。夜風も冷たいですし、いったんホテル内に戻りましょう」
「私、警察に連絡します」
美田はそう言ってスマホを取り出した。
「ありがとうございます。お願いします」
一同は半ば逃げるような足取りでロビーへ戻る。
すると突然、レストランの方からピーピーピー!と、アラームのような音が鳴り始めた。
「皆さんはここにいてください」と明香里は鋭く呼びかけ、シェフと共にレストランへと駆けた。
厨房では大きな鍋からスープが激しく吹きこぼれており、シェフは慌てて火を止め、鳴り響いていたタイマーのボタンを押し込んだ。
他の火の元も確認し、2人はロビーへ戻った。
「大丈夫か?」
支配人が汗だくの顔で待ち構えていた。
「ええ、幸い大きな事にはなっていませんでした。美田さんの声に焦ってしまい火を消し忘れました」とシェフは弁明した。
「大事に至らず、よかった」
支配人は胸をなでおろす。
美田が、ロビーへ戻ってきた。
「整理しましょか。第1発見者は受付の美田さんですよね。自殺の可能性はないんですかね」
颯馬は美田に問いかける。
「そうですね......完全には否定できませんが、一緒に受付をしていて悩んでいるような様子も全く......誰かに突き落とされたのではないかと思っています。岩にぶつかる直前まで何か叫んでいましたから」
「なるほど。2階や3階に外へ通じるバルコニーがあるんでしょうか?」
明香里が冷静に言葉をつなぐ。
「はい。扉に”立ち入り禁止”と書いてはあるんですが、2階にのみ外に張り出したバルコニーが存在します」
「そうですか。それで......ご夫婦は1階にいらしたんですよね?」
「そうですよ。ディナーを食べ終えてロビーでゆっくりしていました。受付の女性が外に出てすぐに叫ばれたんで、ここから様子は見えませんでしたが、その声に驚きましたの。ああ、もちろん私も夫も足を悪くしておりますので犯行は到底不可能ですし、なんだって私たちに動機がございませんわ」
婦人は無実と訴えたが、そもそも参加者側に犯人がいるわけないだろう、と颯馬は考えた。
「そうですよね」
明香里がうなずく。
一方、他の5人の従業員は事務所で明日の打ち合わせをしていたという。打ち合わせ時の録音がアリバイとなった。
「この部屋はドアの開ける音もかなり大きく、出口も1つしか無いので、録音を聞く限り彼らには難しいでしょう」
美田がそう補足した。
「となると。容疑者は3名に絞られます。第1発見者の美田さん、シェフ、そして支配人です」
冷静な明香里に対し、支配人は拳を握りしめて声を荒らげる。
「私が従業員を殺す意味がないだろう! そもそも私は3階から煙草を吸いに降りてきただけだ。本当に、たまたまこんなタイミングに居合わせただけで......」
「たしかに」と颯馬は口をはさむ。
「僕が3階から階段で降りてくるときエレベーターは下へ向かっていました。▼(下向き)のランプがついてたんで」
「そうだろ? ほら、たまたまだよ、たまたま。頼むよ~」
「となれば、シェフか美田さんのどちらかとちゃいますか?」
颯馬は得意げに、2人へ指を指す。
しかし、明香里は表情を崩さず、穏やかな声で提案した。
「まあ、夜も深いですし、これ以上何かがあってもいけませんから、一晩このロビーで過ごしませんか?」
明香里の提案に反対する者はおらず、各々ソファなどへ腰をかけた。
少し経ってからサイレンの音が遠くから聞こえ、やがてロータリーに救急車が入ってきた。
救急隊員とみられるスタッフが、男性を搬送しているようだ。
「ほんまに? ここまでするんや」
「すごいね。 警察官もいるみたいだけど、犯人は私たちで捜さなきゃ」
颯馬と明香里は演出に感動しながらも、事件の緊迫感から、風呂上がりの体も汗にまみれていた。
第1発見者の美田は警察に事情聴取されているようだった。
じっとりとした緊張感がロビーを流れ続け、シェフは椅子に腰かけ貧乏ゆすりをし、支配人は腕を組みながらしきりにうろうろと歩き、美田は全員の様子を見渡していた。
颯馬と明香里はコソコソと事件の推理を進めた。
「あのシェフのミス、どこが手掛かりになるんだろう......」
「つなぎ合わせていけばきっと、真相にたどり着くはずや」
「よく考えれば事件発生時に老夫婦がロビーにいたのも、偶然のはずよ」
「それは誘導されていたんやと思う。でも、血の匂いもリアルやったし、まさか救急車までよこすとは思わんかったし、すごい準備やわ」
しばらくの間、2人でひっそりと推理を重ねた後、交代で仮眠を取ろうと決めていたが、結局のところ2人どころかロビーにいる全員が一睡もできぬまま翌朝を迎えた。
二、「推理」
簡単な朝食を済ませ、従業員と参加者はロビーに集まった。
支配人が笑顔で呼びかける。
「おはようございます。ゆうべはご協力ありがとうございました。無事!みんなで朝を迎えることができました」
こういう人はもとから胡散臭いのか、ただ演技がうまいのかなどと思いながら颯馬は話す。
「特に怪しい動きもなかったと思うんで、やっぱり昨日の犯行時のアリバイが全てやと思うてます」
老紳士がしゃがれた声で話し始める。
「家内が言った通り、その時分、わしらはずっとここにおったんじゃ」
「そう。ですから、受付のカウンターから外に向かう美田さんの背中を私たちは見ています。そもそもそんな事をするような人には見えませんわ」
老婦人の説明を受け、明香里が尋ねる。
「ではシェフは?」
「料理人の方は......ドンッという音、そして悲鳴、それからすぐに駆けつけていらっしゃったわ。階段やエレベーターは使っていないはずよ。だけども、1階に窓もありますから、2階で男性を突き落とし、何らかの手段で1階に降りて窓から侵入することも出来ますわ」
婦人は得意げに推理を披露した。
「もうわかっとる。犯人は......シェフじゃ!!!」
老紳士は杖で地面を叩きながら叫んだ。
「なんで私なんだ! し、支配人はどうなんだ!」
シェフは目を泳がせて支配人のほうへ指さす。
「昨日、エレベーターが降りていくのを見たとその若いもんが言っとったろうが」
「くっそ......」
「待ってください」
明香里が手のひらをシェフに向けて制した。
「おかしいんです。この中で嘘をついている人がいます」
「嘘?」と美田、シェフ、支配人の3人は声を揃え、明香里を見た。
「まず、シェフに今回の犯行は不可能です」
「なんでじゃ?」
「私がシェフと一緒に火を止めに行った時、タイマーもその場で止めました。止めたタイマーには"02:00"と表示されていました。つまり、その2分前には厨房にいたことになります。事件発生時、私は2階から全速力で駆けつけましたが、シェフは先に現場に着いていました。シェフは厨房から現場に直行していたことになるので、犯行不能です」
「たしかに、料理人の方は階段から現れませんでしたし......」
老婦人は呟く。
「タイマーを仕掛けた後、2階で犯行に及んだとすれば、あまりに犯行時間が短い。わずか2分間で、厨房から2階に上がり、犯行に及び、1階に降りてから現場に現れる、という計画には無理があります。そもそも犯行より先にタイマーが鳴れば、逆に怪しまれますからあまりにもリスキーです。逆に、犯行後にタイマーを仕掛けようとしても、明香里より先に現場につくのは物理的に難しいでしょう」
颯馬は続ける。
「なので、お二人のどちらかが嘘をついています。まあ僕が1つ大事なことを見落としていたのが駄目やったんですけど......」
全員が颯馬を見つめる。
「犯人はあなたです」
颯馬の指の先には握られた拳があった。
「支配人、あなたですね」
その瞬間、支配人は膝から崩れ落ちた。
「ここ、グランドレアルのエレベーターは天邪鬼。やから、下方向のランプは、エレベーターが上方向へ移動していたことを示しています」
颯馬は続ける。
「あなたは犯行後、2階から3階にいったん上がり、そこから1階へ何も知らない風を装って降りた。婦人たちの証言が事実やとすれば、美田さんが犯行を行うことも難しいでしょう。何より、あなたは嘘をつきました」
「な、なんでだ......」
支配人は受付の美田に好意を抱いており、美田と受付の男性が仲良く話す姿に嫉妬していた、というあまりに身勝手な犯行動機であった。
時間稼ぎのために2階から3階に上がった事で、嘘をつかざるを得なくなったということだった。
支配人の懺悔の後、全身血のりまみれの衣装で男性も登場し、盛大にネタバラシが行われた。
「あんな細かいトリックよくわかったわね、素晴らしいわ」
「最近の若いもんには、かなわんな」
明香里と颯馬に称賛の声が相次ぐ。
約10時間の張り詰めた空気が嘘かのように、ロビーは拍手と笑顔に包まれた。
記念撮影の時間が設けられ、支配人に指をさして反省させているような写真や、老夫婦と一緒に写真を撮った。
「いやいや、お父さんたちの証言も組み合わせることで解けたんですから......」
「そうじゃのう。4人の協力プレイってもんじゃ」
4人は朗らかに笑った。
「せっかくなんで外で全員で撮りませんか?」と美田役のスタッフが呼びかける。
エントランスのグランドレアルの看板をバックに全員が一列に並んだ。
「いきますよ~」
美田役が呼びかけた。
三脚の上に置かれたカメラのランプが点灯しはじめた。
「え、俺センター?嫌なんやけど?」
「偶数だから2人でセンターね。活躍したもんね」
明香里は颯馬の肩へ腕を乗せ、颯馬は笑みを浮かべた。
美田役も列に加わり、カメラのランプが点滅が速くなる。
「はい、チーズ!」 明香里の声と同時に、乾いたシャッター音が響き渡り、2日間の思い出が、1枚の写真に収められた。
「明香里、さすがやな」
颯馬は明香里のすべてのファインプレーを惜しみなく褒めた。
「ミステリー好きだからね。でも...…まだ何かが引っかかるの」
明香里は冷静にそう呟く。
「確かに難しかったけど、考え過ぎや。細かい伏線もあるはずやから、帰ったら考察会せなな」
考察を終えた明香里と颯馬は、この日を最後に謎解きイベントに参加することは二度となかった。
