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胞状奇胎と診断された日。手術が決まるまでの話 侵入奇胎記録No.3

大学病院での診察は、思っていたよりもずっと早く進みました。

数日前に「胞状奇胎の疑い」と言われたばかりで、
まだ自分の中では整理もできていない状態でした。

気持ち悪さと闘いながら、
2026年2月27日(金)、紹介状を持って大学病院へ。

診察、そして内診(エコー)。

モニターを見ながら、医師が静かに言ったのは

「胞状奇胎」

ここで初めて「胞状奇胎」という言葉を知りました。

胞状奇胎とは、
正常な妊娠ではなく、胎盤のもとになる組織(絨毛)が異常に増えてしまう状態のこと。

本来は赤ちゃんとして成長するものが、
逆に腫瘍となって体を脅かす存在になる。
そのため、子宮の中の内容物を取り除く手術が必要になる。

妊娠にこんなリスクがあることを、44歳の今、初めて知った。
私は自分の知識不足を痛感しました。

昔は「ぶどう子」と呼ばれ、命に関わることもある病気だったそうです。
けれど今は医療の進歩により、早期に適切な治療を行えばきちんと治る病気とされています。

治療は、子宮内容除去術という手術を行う。
その後は、血液中のhCGという妊娠すると上がる値がきちんと下がるかを経過観察していく。

多くの場合は手術で治まるとされているけれど、
一部は追加の治療が必要になることもあると説明を受けました。

そこからは、とてもスピーディーにスケジュールが決まりました。

医師が検査や手術室、病室の調整を進めてくださり、
その場で、手術日が決まりました。

3月2日(月)3日後でした。

胞状奇胎と言われたショック。
数日後に控えた手術への不安。

そしてもう一つ、頭から離れなかったことは

3歳の息子との時間。


手術の準備をしなければならないけど、
息子と過ごす時間m貴重
手術までの土日
この時間をどう過ごそうか、と考えていました。

妊娠が分かり、診断がつき、手術が決まる。
この数日間気持ちはジェットコースターに乗っている気分

でも、今は手術に向けて
入院までの時間、やるべきこと、やりたいことをやるだけ

そこで、土日は”家事(冷蔵庫をできるだけきれいにする、掃除する)、入院に必要な備品の買い出し、息子のお友達とママ友と遊ぶ”時間にすることに決めました。
そして、入院中にお世話になる義母に連絡しました。
さらに、帰宅した夫には、すべてのプライベート情報をまとめたノートを渡しました。

たった1泊2日の入院ですが、「帰って来られないこと」も想定していました。
その理由は、
担当医(准教授)から手術の説明を受けた際に「僕でも3回目」
「子宮内容除去手術は、慎重に行っていても子宮層を貫通して輸血が必要になる事態が生じることがある」「子宮層は妊娠していないときで1㎝ほど、筋層は雪のように柔らかく針が触れているかがわかりにくい」と教えてくれていたからです。

次のNo.4では入院中の様子を紹介したいと思います。

#侵入奇胎 #胞状奇胎 #婦人科系疾患 #3歳男の子 #手術


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