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【イラストエッセイ】辞めてみたい病の乗り越え方〜置かれた場所で咲く方法〜

辞めてみたい---
『辞めたい』じゃなくて、なんとなく

辞 め て み た い。


好奇心的な・・・体験として、“辞める”をやってみたい!
誰しも一度はあるんじゃないだろうか。特に若い時には。
わたしはこれを『辞めてみたい病』と呼んでいる。

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わたしは大きな声では言えないが、勉強嫌いの薬剤師。
まさか、薬剤師になってからも生涯学習が必要だと思わなかった。
常に、新しい薬の勉強・・・

うっかり薬剤師になってしまったわたし(この話はまた別の機会に😇)は、控えめに言っても志の高い薬剤師とは言えない。

でも、そんなわたしでも、なんでもわかるデキる薬剤師に憧れはあり、参考書を山ほど買ったりはした。

しかし、勉強が嫌い。あ、2回も言ってしまった。
っていうか、薬に興味がない(小声)

あるのは、口だけ。

これは、この口だけを活かして乗り切ってきた話。
なにか参考になればうれしい。


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わたしは、社会人3年目のときに『辞めてみたい病』を患った。
当時、佐賀の調剤薬局に勤めていた。
仕事にも環境にも慣れ、飽きていた。

まだ20代の私は、『辞めてみたい』『辞めたい』だと勘違い。
辞めたい理由をたくさん見繕って、やめてみた。



そして、初の転職。
転職して知った。
辞めてみたい病は、『前の方がよかった戻りたい病』もセットだということ
を。

二つ合わせて『若気の至り転職病』とでも呼ぼうか。



次は病院(入院患者さんの薬を担当する)にした。
当直(夜の勤務)がなく、周辺の病院よりもほんのちょっとだけ給料がいいという理由で選んだ。

スタッフは、わたしを含めて4人。
男性の主任と女性3人。
主任は無口。女性2人は仲が悪そう。
会話はほぼなく、人の出入りもほぼなく、機械の音だけが響いた。
パン工場みたいだなと思った。



1日目にして、あぁ、前の方がよかったと思った。


でも、車のローンが、わたしを首輪をしていた。
ストレスで少し鬱っぽくなっていった。


転職して驚いたのは、病院はたくさん人が働いてるのだが、職員用通路で、職員同士が挨拶をしないことだった。
そこで、わたしは、こっそり、1人挨拶運動をはじめてみた。


すれ違う職員に、朝は「おはようございます」、帰りは「お疲れ様です」
ただ一言声をかけるだけの実験。
パブロフの犬と同じで、いつか私の顔を見たら反射的にに挨拶するようになるんじゃないか?


転職してからなんとか一年堪えた頃。
女性2人が辞め、少しだけ話したことのある明るてすごく美人な女性の先輩薬剤師が本院から異動でやってくることになった。

ちょっと楽しみができたが、気づいた。
わたしと主任は、ほとんど会話がない。ギスギスという音が聞こえてきそうな、虫でも近寄らないような、くら〜〜い部署だった。
こんなところに来ていただくのは、申し訳ないなぁ。

わたしはそこから、一生懸命、苦手だった主任に話しかけるようにした。
急にどうしたと思われていただろう。


そうすると、美人な先輩はどうだったか知らないが(笑)、
わたし自身の居心地が少しだけよくなっていった。

それでも、戻りたい病は相変わらずだった。
そういえば、
「薬局だよりを描いてみたいと思ってたなぁ〜」
「薬の説明書を自分で描いてみたいと思っていたなぁ〜」
前の会社なら、やらせてもらえそうだったのに、やらずにやめたことを思い出した。

あぁ、やっぱり戻りたい。

しかし、なぜかこんな考えが頭をよぎった。
果たして、本当にやるだろうか?
今やらないことを、できるか?
戻るなら『わたしこんなんできますけど、どうですか』って言って戻りたい。
選ばれる自分でいたい。

わたしは、飲み会で主任が酔っ払ってる隙を狙い


『こんなのやってみたいんですけど』

あっさり『あぁ、いいよ。』

よっし!!
ならば、間髪入れずに出してしまえば、あとからダメとは言えないはず。
3日後には第一号を描いて、さっさと各部署のポストに入れた。

この時は、イラストもほぼ描いたことなかった

そこから楽しくなって、ひとり新聞係になった。
自分でも、『あ、わたし、こんなに描けるの?!(驚)』


そして、、、






飽きた(おいっ!)







薬局だよりには飽きたが、これをきっかけに、
わたしは看護師さんやリハビリのスタッフなど他部署のスタッフから話しかけてもらえるようになった。
飲み会で一緒になる師長さんにはお褒めの言葉を言われたり、病棟からもクリスマス会の時に窓に絵を描いてほしいなど、
一目置かれる薬剤師になっていた。

(薬のこと以外でな!)


そして、気づけば、薬剤部の部屋には、ドクターや看護師さんが気軽に出入りするようになっていた。

その頃からだろうか、戻りたい気持ちはなくなっていた。

転職ってなにかとめんどう。
できる限り不満で辞めないこと、辞める時はポジティブな理由で辞めようと心に誓った。


転職から4年半くらい経ち、居心地もよくなったが、居心地のよさにも
飽きてきた。

そこで、わたしは転職ではなく、系列の病院に異動することにした。

今度は、診療所の1人薬剤師。
暇そうだし、ゆっくりのんびり薬局だよりを描けそうという理由だった←



その考えは甘かった。(だよね〜〜🌟)
なんとここでは、診察室の医師に直接呼びつけられる。
怖そうな先生と、見たことも聞いたこともない薬の話。

(言い訳)病院の特性により扱う薬って違うんです。これはほんと。


超大ピンチ!!

しかし、薬剤師と名乗っている以上、意地でも


『知らない』は言えない。



先生が喋ってるのを内心ビクビクしながら、ただ時が過ぎるのを待った。



う〜ん。これは困ったゾ🌟
そこで、わたしは、とにかくレスポンスの速さだけを極めることにした。

合ってるかはわからんけど(おいっ!)
すぐ調べてすぐこたえる。必要な薬があれば、すぐ持っていく。


時間があれば、患者さんとおしゃべり。
伝書鳩になった。


これを続けていると、だんだん先生や看護師さんたちが信頼してくれるのを感じるようになった。



のちに、質問は自分で調べる方法(メーカーさんの名刺をただ渡すだけw)を伝授し、ちゃっかり仕事を減らすことに成功。
間に誰か挟むより先生の欲しい答えが見つかるもんね😇✌️

伝授というより調教に近いかもしれない


一方で、私は、私がわからないことは、先生たちにこっそり電話して教えてもらった。
レスポンスの速さで得た信頼はすごい。いつも快く教えてもらえた。




チーム医療。




これが、口だけでなんとか乗り越えた薬剤師の働き方である。

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ちなみに、私が最初にいた病院に異動した同僚が
『あっちの病院は、スタッフ同士が挨拶するんよ!!』
と嬉しそうな顔で話してきた。


きっとわたしのおかげだろうと、心の中でニヤリと微笑んだ。


【次回予告】

嵐のCMで一躍有名になった、福岡県福津市の宮地嶽神社の「光の道」。
現在、イラストレーターとして活動している私の原点でもある神社なのですが・・・私は社会人になるまで、イラストが得意とか好きとか全く気づかずに生きてきました。その理由は、家庭環境。
パー子の軌跡も辿れる宮地嶽神社と家族の愛情のお話です。
観光地が少ない福岡。これをきっかけに“光の道”を思い出して、旅行の時に行ってみようかな〜と思ってもらえらた嬉しいです。





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