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脱官僚制:イーロンマスク氏がやろうとしていること〜日本の官僚主義は村社会〜

ふと,$${\mathbb{X}}$$を眺めていたら,
以下のポストを見かけて,とても共感しました.

12年前某日本会社のシリコンバレーの幹部からある話を聞きました。ある日本の100人ぐらいのチームがかなりいいソフトウェアを開発して、彼はそこを訪ねました。ただ、 誰に聞いてもコードを知ってない様子でした。 そこでコードの開発記録を見ると、1つのIDしかなかったです。彼はこれ誰と聞くと、渋々あるドアが開けられその窓も1つもない部屋で1人がコーリングしてました。日本のカルチャーでは、自己主張したら嫌な顔される。個人のスーパースターではなくチームでやる。良いところもありますが、逆に能力がある人の活躍できる場やリーダーとした育つチャンスを消してる気がします。私の観察では日本はマネージャーがあまり変動しないです。私が尊敬するマネージャーは下から自分を超えてくる人が現れると、その人をサポートし、自分を超えて行かせられる人です。

同級生の思い出話

ここで,私の同級生の話をふと思い出したので,書こうと思う.

彼は,とても技術が好きで,自分が興味を持ったことをとことんやるタイプだった.しかし,代わりに,「やれ」と言われたことは納得しない限り,やらないし,できるだけ,やりたくないことはしないタイプだった.

彼はよく英語の宿題をしてこなくて,「なんでやらないんだ,またやってこなかったのか」と,教壇のところでよく怒鳴られていた.
もちろん,それに懲りずにいつもやってこず,補修でなんとか合格させてもらったらしい.

彼の技術好きと,こだわりは,今思えば,特別だったと思う.
例えば,あるプログラミングの授業で,リバーシ(オセロ)ゲームを作って,各々が自分のプログラミングで改造したプログラム"AI(コンピュータ)"で対戦させ合うという,トーナメント戦の授業があった.

もちろん,みんな,自分のプログラムを強くするために工夫するのだけれど,彼だけは全く違った.彼の興味は,プログラムを強くして,相手に勝つことではなくて,どれだけGUI機能,例えば,操作画面や,ファイルの入出力,履歴保存やその盤面再現,さらには,画面出力の工夫を凝らすかにあった.

結果的に,彼の作ったプログラムはとても弱くて,2回戦くらいで負けたけれども,すごいものだった.
自分や,他の人たちが,配られたプリントにあったコードをコピーしただけの,ただの数字の羅列の入力や,白黒画面みたいな中でやっているのだけれど,彼のプログラムは,色も付いているし,ファイルの入出力,手番の履歴の参照など,すごく多機能だった.
どうやって組んだのだろうと,当時の自分は心底すごいなと思ったものだった.その授業の評価は残念ながら,トーナメントの成績を重視していたので,彼の評価はまずまずなもので終わってしまった.

それから,10年後くらい経った頃だろうか,彼の噂を聞いた.
職場で浮いているらしい.職場の誰にも相手にされず,ポツンといつもいる.そんな話を,彼を知る同級生から聞いた.

その話を聞いていた別の同級生が言った.
「あーあ,社会人としての生き方を教えてあげんといかんかったなぁ…」

一応フォローしておくと,「社会人としての生き方を…」といった同級生も悪いやつじゃない.周りにいつも気を配るような感じで,焼肉だったが,率先して肉を焼くような感じだし,面白いことを言って,場を楽しませるようなやつだった.言い換えれば,周りの雰囲気に敏感で,こうするべきっていう考えが強い感じのやつではあった.それを他者にまで要求するのは良くないと思ったけれども…

自分はこれを聞いて,あまりにも情けなくなった,そして悲しかった,
当時は好きなことに夢中になっていた人たちが,大人になって,企業に勤めて,言うことを碌に聞けない奴は追いやられ,終いには,すっかり周りのことばかり,ご機嫌を見るようにさせられるのか.
というか,そうじゃないと生き残れないのか,浮いてしまう,無視されて,除け者にされるのか…
まだ大学にいた私はそれを聞いて,そんな妄想が膨らんだ.

彼はそこまで気にしていないらしかったけれど,周囲から見た時に,明らかに仲間はずれで,浮いちゃっていたらしい.
彼の興味を持ったことに関する技術力や,試すものは本当に面白かった,それは本物だ.しかし,組織や,チームの求めていないものだったし,評価はされない,そして,コミュニケーションが取れないやつだと阻害されていたのだという.

自分は,どちらが,正しいということはないと思う.
それぞれの良さがあって,互いがいるから,成り立っていることがあると思う.それが社会なんだと今になって,特に思う.
こうじゃなきゃいけないなんてことはないと思う.

けれども,もっと,彼のやっていることに対してや,その性格に興味を持っている人が現れていいんじゃないかと思う.

変わり者とされたら,集団から,除け者になってしまう,自然にそうなってしまう.

こんな排他的な村社会みたいなもの,雰囲気や風土,自分たちのグループに合わないやつは除け者にするというのが,日本の企業文化であっていいのか,と悲しくなったし,そんな自由のない環境,奴隷だと思う.
自分もやっていける気がしない.

自分は少なくとも,彼とよく話していたし,彼の話はとても面白かった.
彼自身の観点で,興味を持ったことを色々試していて,どれも自分では思いつかなかったことや,実際に作られたものがどうなっているかわからないくらい技術力が同級生から見てずば抜けていた.

なぜ,彼が評価されないのか.
これは先の$${\mathbb{X}}$$のポストと同じことが起こっているのだと感じた.

イーロンマスク氏のやったことと,やろうとしていること〜脱官僚制の観点から〜

そういえば,$${\mathbb{X}}$$ は元々,Twitter だった.
あの青い鳥のやつである.
賛否はあったと思うけれど,イーロンマスク氏が買収して,現在の$${\mathbb{X}}$$になった,

2022年末のこと,https://www.forbes.com/sites/qai/2022/11/05/elon-musk-twitter-sink-whats-elon-up-to-this-time/ より

よく考えろ (think) の皮肉を込めて,シンク(sink)を持っているのが,印象的だった.

彼は従業員を大量解雇した(レイオフ).
この時,イーロンマスク氏はどのように解雇する従業員と,そうでない従業員を見分けたのだろうか?
ここに,今回注目したいポイントがある.

この伝記は,Walter issacson による Elon Musk に関する伝記のことだ.

以下のような内容が見られる:

Tesla についての原則:

すべてのテクニカルマネージャーは実践的な経験が必要です。たとえば、ソフトウェアチームのマネージャーは、時間の少なくとも20%をコーディングに費やす必要があります。ソーラールーフマネージャーは、屋根の設置に時間を費やす必要があります。そうでなければ、彼らは馬に乗れない騎兵隊のリーダーや剣を使えない将軍のようなものです。同志は危険です。それは人々がお互いの仕事に挑戦することを難しくします。同僚をバスの下に投げ込みたくない傾向があります。それは避ける必要があります。間違っても大丈夫です。ただ、自信を持って間違っていないでください。あなたがしたくないことをあなたの軍隊に決して頼まないでください。解決すべき問題があるときはいつでも、マネージャーと会うだけではありません。スキップレベルを行い、マネージャーのすぐ下のレベルと会う。採用するときは、正しい態度の人を探してください。スキルは教えられる。態度の変化には脳移植が必要です。マニアックな緊急性が私たちの運営原則です。唯一のルールは、物理法則によって指示されたものです。他のすべてはお勧めです。

Twitterのレイオフ方針:

ジェームズ、アンドリュー、ダバルは、ラップトップで過去1年間にTwitterで書かれたコードの宝庫全体にアクセスできました。「先月に100行以上のコードをやった人を検索するために検索してください」とマスクは彼らに言いました。「ディレクトリを調べて、誰がコードをコミットしているかを確認してください。「彼の計画は、本当に優秀なエンジニアを維持しながら、ほとんどのエンジニアを解雇することでした。「誰が自明ではない量のコーディングを行ったか、そしてそのグループの中で誰が最高のコーディングをしたかを把握しましょう」と彼は言いました。それは巨大な仕事であり、誰が各挿入または削除を行ったかを簡単に判断できる形式のコードがなかったため、より困難になりました。

日本の企業はどうだろうか?
下請けや,孫請けなどが,実際のコードは書いて,上は上から来たものを指示するだけになっているのではないだろうか?

この Twitter の件,ふと思い出すことがある.

NHKの番組で,100カメという企業などの内部に潜入して,カメラを置いて,その現場の様子を芸人のオードリーの二人という番組がある.

ツイッター社を取材した回.

オードリー若林氏が,最後に「俺の方がもっと上手くできそう.」
そんな言葉を放っていた.

笑い話ではない.
給料もとても良いのはもちろんだが,ツイッターは当時から多くの個人や,メディアの発信を担うSNSであった.その社員は高い技術が必要なはず,と思いきや,蓋を開ければ,同じユーザーで,ツイッターを毎日チェックして,発信する内容を考えたり,何がトレンドかを追ってみたり,どういうサービスがあったらいいかをプレゼンしあっている.

コーディング,実装は誰がやっているの?
そんな状況だった.

これが,官僚制の末路であると思う.
イーロンマスク氏はそのことをわかっていると思う.

官僚制においては,上司が全ての決定権を持つ.
部下は,上司から何かアイデアを提案してと言われ,アイデアを考え,そのアイデアで上司を説得するためにひたすらプレゼン資料を作り,発表する.
案が通ったとしても,全て実装するのは部下とその周り.
上司は進捗管理と,コメントするだけである.

この連鎖によって,ほとんどの人はプレゼンをするか,社内向けの資料作成,そして,人間関係の維持に,その労力が向けられることになる.
機能を実際にコーディングする人材はほとんどいないし,下手したら外注になり,技術力は失われていく.

このことにイーロンマスク氏は気づいていると思う.

実際に,手を動かしたり,ものづくりをする人がいなければ,世界は退化してしまう.今あるものの維持すらもできなくなってしまう.
もし,あらゆる生産者,ここでは,技術者,エンジニアがいなくなり,指示を出し合うだけの手の動かし方を忘れた人ばかり増えてしまったら,それこそ,人類の進歩は終わるだろうし,退化どころか,現状維持もできなくなり,ブラックボックスと化したオーパーツが増えていく.そして,人類は自ら作ってきたものを扱えなくなり,滅ぶのかもしれない.

だから,イーロンマスク氏は官僚制を壊そうとしているのかもしれない.
アメリカでは,その官僚制によって,あらゆる問題が起こっているという.

ここ最近のイーロンマスク氏のポストより,「bureaucracy(官僚制)」に関するポストを抽出した.

中央政府の公務員はテレワークをしているのに,その下請け企業には直接作業させているのかもしれない.これに対する改善のために,テレワーク廃止.そして,実際に作業しているもののみを残すのだろうか.
どのようなKPI(重要評価指標)を用意するだろう?


官僚制(bureaucracy)は,民主主義に反する.
私も同意するところだ.
一方的に立場が上の上司が,部下を評価する仕組みは,もう民主主義でないことに気づくべきだ.
もし元請けや上司から,下請けや部下に対して,一方的に理不尽に,任期をつけたり,その報酬や給与に関する支配権を持つのであれば,逆に,下請けや部下から,元請けや上司への厳しい評価もしなくては,公平ではない.

これが国レベルでも起こっているのが,現在の世界だろう.
少子高齢化における,多数決民主主義は,子供や若年層に対しての民主主義ではないし,官僚制にとらわれて,ものづくりする人間がいなくなっていく.

官僚制が民主主義でないことは,選挙結果にも,現れている.
この人に投票しないと,うちの会社の取引先がなくなる.他には,代々お世話になってるところだから.
もはや,利権や金の問題であったり,コネの問題であったり,そのような権力や、金銭力による関係性が見えていれば,それはもう官僚制に支配されていると言えるだろう.その政治家が何か作ったりするだろうか?口だけで上からものを言うだけである.すでに民主的ではない.ナチス.社会主義国家である.

こうしたいことがあるのに言えない.
やりたいことがあるのにできない.
こうすればいいとわかっているのに,上下関係の制約でできない.
これらの問題は官僚制によるものだ.
子供が大人の様子を窺わないと生きていけない,学校などの関係にも近いだろう.
それは子供を苦しめている.

以上,自分なりの考察です.

批判もあるだろうし,賛同できる部分もあったと思うが,官僚制から見える,現在の国や企業(大学は官僚制の筆頭だけれど)の問題が少しでも見えたなら嬉しい限りです.


ちょっと追記:変わり者と村社会

Elon Musk の伝記など,彼の生涯を見ていると,彼も変わり者で,南アフリカでは,たくさんいじめられたり,虐待などもあったということ.
そんな彼がチャンスを求めたのがアメリカだったということ.
当時のアメリカには誰にでもチャンスがあるという雰囲気があったと言う,
アメリカンドリームというやつがあったこと.
そして,チャレンジできる環境があったことがわかります.
日本でも技術好きな人はもちろん,試したいことを色々試している人がたくさんいます.しかし,変わり者だと除け者にする村社会的雰囲気や,根強い官僚制は,時にそのような人々を痛めつけ,邪魔者扱いし,終いには職などを追われるというパターンを特に地方では見かけます.
それを行う,本人たちは無意識なのかもしれませんが,決して許されることではないと思いますし,あらゆる可能性を潰しています.

官僚制は,ハラスメントを作り出しますし,一方的に立場が弱い人を追い詰めていきます.逆に上の人間もどうしたらハラスメントで訴えられないか怯えるみたいなことも増えていますし,もうやめたほうがいいです.ジョブ型なり,平等な相互評価なり,別の方向性を探りましょう.

私は,そんな今の官僚制に支配された日本の世の中に,強い生きづらさを感じるので,ここに記しておきたいと思います.

もうちょっと追記:大学と官僚制

大学なども統合されて行っていますね.少子化の影響もあるでしょうが,法人化から一気に進んでいますね.
法人化も,上から一方的に決められたようなものだったでしょう.
現場は追いついていない,資金を得るノウハウなんてなかったのですから.
今,ほとんどの研究は,申請書に基づいて,資金が配分されて,成り立っています.申請書には,資金援助してもらう期間があって,その期間の間だけお金が配分されます.テーマも申請したものに関係するものでなくてはなりませんし,その期間の間,若手の研究者,ポスドクを雇うことになります.
つまり,若手はその期間内で成果を出して,次に行くことが求められますし,その研究はプロジェクトの内容に沿ったものでなくてはなりません.

前までは,大学のポストにつけなかった人が,負け惜しみのように,この問題点を指摘する構造が主流となっていて,問題視がきちんとされてなかったかもしれませんが,こういう大学のポストを得た人が,「研究者」(ここでは,興味があることを探求する学者)は来るな,とはっきり公のポストで言っているのは,素晴らしいと感じました.

ちなみに,私の指導教員だった教授も同じこと言ってました.
来るな,法人化されたあたりから,もう終わりだと.

終わらせましょう.

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