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新春ブログリレー④ サンフェーデッドを今更考察

あけましておめでとうございます。げんまいです。
先日サークルで忘年会があったのですが、過去最大級の泥酔をかましてしまい、「担当アイドルにこんな姿見せられない😭」とか「担当アイドルはこんなに頑張ってるのに何で俺は介抱してもらって情けないんだ😭」とか絶叫しながら介抱してもらってました。
平安時代だったらそういう妖怪として日本霊異記に記載されてるだろ。

情けなさすぎる。
あと泥酔状態でもおむすび恐竜のことを程度が低いモノとして認識してるんだ。

与太話はおいといて、今回はサンフェーデッドの考察をさせていただきます。
この曲の考察は書いている人も多く、被る部分も多いですが補強できる部分も多いと思ったので書かせていただきます。
MVには言及せず歌詞とコミュベースでの考察になります。
往々にして広のコミュのネタバレを含むのでまだSTEP3見てない人はブラウザバックしてください。
あとサンフェーデッド引けてない(は?)のでサンフェーデッドのコミュのスクショありません(え?)。引けたら追記します。

清夏Pだからゆるして~

楽曲テーマ

自分がこの楽曲に込められているテーマは,

「自身のアイデンティティであったアカデミックへの決別,及びアイドル篠澤広としてのスタートの決意」

だと思います.というかサンフェーデッドのコミュにそう書いてあります.
詳しく次の歌詞考察の項で.

歌詞考察

あ,日焼け止め 塗らないままでいたな

広が研究者として活躍している時、他者から様々な感情を向けられていたことは予想するに堪えません.
畏怖や羨望,期待,嫉妬心など,プラスマイナスが混濁した,焼けてしまいそうなほど強い感情が向けられていたと思います.

ところが,アカデミックの道から退き,アイドルという180°別の道へ転向したことから,こういったギラギラした感情を向けられることとは無縁の生活になったことを「日焼け止めの塗り忘れ」ということと結びつけて隠喩的に表現していると捉えました.

もしくは,アカデミックの頃に向けられていた情動と,現在アイドルとして向けられている情動の対比を表しているとも取れます.
現在,日焼け止めを塗っていないということは,ファンから貰う肌が焼けるほどの熱量はそのまま受け取りたいということも示していると思います.

また,歌詞全体の話なのですが,「、」や「。」を使用せず,論文の作法的に「,」や「.」を使用していることから,この曲が研究者としての篠澤広を意識していることを感じます.光景とかもそうだけど.

あんなにも大きな声が肌すれすれに来ることも,
光は指輪みたいになること, も
いずれ全部 明るい道の秘密のように思い出す.

そして,広はアイドルになり,この歌詞が示すような,

  • 大きな声(客席からのファンの歓声)が肌すれすれに来ること

  • 光は指輪みたい(ペンライトの光がファンとアイドルとしての自分を結びつける意匠のようになる)になること

を体験します.それらは最終的に広がアイドルとしての輝かしい栄華(明るい道)を誇ったとき,広だけが知っている秘密のようなものとして想起される,と語っています.素晴らしいものを見た時って,皆にめちゃくちゃ広めるか,自分の中で大切に仕舞っておくかのどれかだと思うのですが、広は後者の立場を取る性格のようですね.

同じような価値観について踏み込んだセミ清夏3話

僕たちは (いつ出会うだろう?)
出会うときは
僕にとって正しい人の,
僕にとって正しい声でいる.

ここの節に関しては,アイドルになる前の広の独白だと捉えられます.
15歳で大学を飛び級し卒業という異彩を放つ経歴を持つ神童が,アイドルをやることに関して商業的な価値が付随することは言うまでもありません.
ただし,それを利用したプロデュースをすることは,広にとって本意ではないことは親愛度コミュを見ている皆様ならお判りいただけると思います.

アイドルにちっとも向いていない篠澤広に対し、「過去の経歴」というこれ以上ない武器を使わずにプロデュースすることは,一般的には「正しくない」といわざるを得ません.

しかし,「過去の経歴」に頼らず,アイドル「篠澤広」としてアイドルへの挑戦を肯定してくれるプロデューサーは,まさしく広にとっては「正しい人」であり,そんな傍から見れば愚劣な判断をしたプロデューサーに対し,「正しい声」でいる,という強い信頼を歌っています.

広 親愛度10話
Campus Mode!! 広2話

游ぶ指先や睫毛や
髪留めがあなたたちの姿を覚えている

ここのあなたたち,というはファンのことを表していると考えられます.
游ぶ指先,睫毛や髪留めというのはアイドル篠澤広を象徴するものとして,篠澤広とファンのライブ中のコミュニケーションを間接的に説明しています.
游ぶ指先が何かについてかなり悩んだのですが,自分はネイルのことだと解釈しました.
広ってサンフェーデッド以外の衣装だとクリアネイルをしているものがほとんどで,サンフェーデッド衣装で初めてカラーネイルをしてるんですよ.(アナザー衣装全くもってないので反例があったら教えてください.)
先述の通り,サンフェーデッドはアイドル篠澤広としての確立を歌った曲であるため,こういった新しい挑戦が反映されているのではないかと思います。

光景広
コントラスト広
CM広
サンフェーデッド広

煌めきと暗闇の層に躍り入る僕のことを
誰かが見てる
安心して, 僕は帰らない, ほらね

煌めきと暗闇の層というのはステージと舞台袖を表現しているほか,アイドル,アカデミアとしての広の対立も示していると思います.
勿論,誰かというのもこの文脈に応じて変化しており,前者の場合だと単純にファンのこと,後者だとアカデミアで広のことを意識していた人間のことを指していると考えられます.
最後の「僕は帰らない」というフレーズも前者ではアンコールに応えて再び煌めくステージに戻ってくる広を,後者は広が研究の道に帰ってくることを期待、もしくは恐れている人に対し,「私はアイドルという世界で生きていくからもうそこには戻らないよ.」というメッセージを突き付けていると取れます.

どこでも ああ, 何度でも目を瞑るほど日が差す方で,
僕は言う,
僕は禁じる,
僕は覚える,
僕は慄く,
僕は踊る,
僕は生まれる.
僕は褪せる,
僕は判断する.

最後の節です.これまでアイドルと光,というのが徹底的に結び付けられているため,目を瞑るほど日が差す方というのは,やはりアイドルのことを指すと思います.そして後には日が差す方で広がすることが列挙されています.
ここの解釈が個人的に一番難しかったです.

  • 僕は言う

単純にライブ中のMCや歌のことを表していると思います.一番ありそうな「僕は歌う」という歌詞はないんですよね.

  • 僕は禁じる

これが一番難しい.広のファンって広を神格化して勝手にルールを作るカス共の集まりなのでその統制に苦労しているコミュが度々見られます.

広 親愛度13話 ガチで最悪

持ってないため掲載ができないのですが,ミラクルナナウ(゚∀゚)!広3話でも同様の描写が見られます.そういった勝手な行動を禁じるという意味合いもあると思いますが,別の捉え方もしてみました.

皆さんがアイドルが禁じられているものと聞いて真っ先に浮かぶものがありますよね.

はい,勿論「恋愛」ですよね.プロデューサーに対する矢印がデカすぎて度々一線を越えたような言動を繰り返す彼女ですが,アイドルが破ってはいけない不文律に関してはリスペクトをしています.

広 親愛度21話

このように、自分がアイドル篠澤広であるうちは自分の想いに蓋をすることを「僕は禁じる」と表現しているように取れると思います.

  • 僕は覚える

ままならない経験を提供してくれる趣味でしかなかったアイドルに対して、それ以上の感情を覚えていることが度々言及されています.

Campus Mode!!広2話
広親愛度8話 絶叫
  • 僕は慄く

親愛度26話で今までにない窮地に慄いていることを表していると思います.

広 親愛度26話 こんなに狼狽している広って珍しい
  • 僕は踊る

言葉通りです.親愛度26話だと上記のコミュの後にライブシーンが挿入されているためそれとも対応していると思います.

  • 僕は生まれる

26話でライブを成功させた広は星南に対抗できるだけの「神格」を得ました.
そうして得た神格により「雰囲気トップアイドル」であったのが「トップアイドル」になったという描写を示していると思います.

広 親愛度26話
  • 僕は褪せる

「褪せる」という言葉はこの歌の根幹となるため後述.

  • 僕は判断する

才能を投げ捨ててアイドルを選んだことについて,本当に良かったのかをこれまでの経験から結論付ける歌詞だと思います.

サンフェーデッドという意味

歌詞の考察が済んだため,タイトルの「サンフェーデッド」について考察していきたいと思います.
歌詞にもある通り,サンフェーデッドは訳すと「(日光によって)褪せる」という意味なのですが,そうすると「何が褪せるのか」という疑問が浮かぶと思います.これには解釈が2通りあると考えており,

  • 神童篠澤広

  • 広以外の存在全て

だと思います.
まず1つ目の「神童篠澤広」についてですが,サンフェーデッドの第2話で篠澤広の知名度が上がってきたため,過去の経歴がそろそろ明るみになってしまうであろうという問題に直面します.それに対し、プロデューサーは逆にこちらから経歴を公開してしまおうという対応を提案します.これによって,篠澤広のイメージが「アイドル篠澤広」と「神童篠澤広」に分断されてしまうことが想像に難くありません.しかし,そういった世間の「神童篠澤広」のイメージをアイドルとして活動していく中で「アイドル篠澤広」へ上書きして褪せさせてしまおうというのが1つ目の解釈です.

一番最初に「アイドル篠澤広」のことだけを考えようとしたのはプロデューサー
赤マーカーが褪せる
最終的には消える 別記した資料も処分したんかな

2つ目の「広以外の存在全て」についてです.広はこれまでのアイドルマスターひいてはアイドルコンテンツに登場するアイドルの,どの属性にも当てはまらない特異なアイドルであることは皆さん感じていると思います. 

儚げで神秘的な外見とは裏腹な,情熱的で無鉄砲な内面とのギャップや,何かをするたびに倒れてしまうのではないかというスリルや突拍子もない言動は,他のアイドルでは味わうことができないし,気を抜いたら彼女のことしか考えられなくなってしまうような魔性の魅力を孕んでいるアイドルこそが「篠澤広」だと思います.
そうして彼女の魅力に焼かれてしまったものは広以外の全てのものが褪せて見えてしまうほど彼女に夢中になってしまうに違いありません.
そういった篠澤広の魅力そのものに漸近したタイトルこそが「サンフェーデッド」だと思います.

あとがき

サンフェーデッドについて語っていきました。拙い解釈もあると思いますが、そこは各自都合の良い解釈に置き換えて頂ければ幸いです。

去年の10月頃、広の研究者設定がおかしいみたいなツイートが論争になってたと思うんですけど、僕もそのツイートとその周辺の意見がガチで気に入らなくて、そこからかなりの頻度篠澤広さんのことを考えながら生きてきたので、今回この記事を形にできてよかったです。

明日のブログリレー担当は新入生の774くんです!僕と同じく学マスがテーマの記事です!お楽しみに~


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