📙松下幸之助とフランクル、ふたりに問われる哲学過敏症
🌸やり方じゃなく、あり方で応えるということ
「君は、運がいいと思うか?」
これは、松下幸之助さんが、面接のときに尋ねたという有名な問いです。
一見、世間話のようなこの質問。
でも、私は思います。
この問いは、その人が何が“できるか”よりも──
その人が、どう“在るか”を見ていたんじゃないかなと。
だって、「運がいいです」と答える人は、
どんなに苦しい出来事も、
「意味のあることだった」と受けとめられる人。
つまずきすら、自分の糧として抱きしめられる人。
そういう人は、たとえ不完全な“やり方”でも、
きっと自分なりの方法を見つけていける。
だって、その人の“あり方”が、もう希望だから。
やり方(how)は資格や技術として見える。
だから学べて、真似もできる。
本にも動画にも載っている。
誰かに教えてもらえるし、覚えることもできる。
でも、あり方(being)は、目に見えない。
生き方のなかで、静かに育っていくもの。
誰かから受けとるものではなく、誰かの姿に触れたり、悩んだり気づいたりして、自分の中で灯るもの。
そして──
その“あり方”が試されるのは、
いつだって、うまくいっていないとき。
悲しい出来事。
苦しい体験。
どうしても報われなかった努力。
そういう時、人は問いたくなるものです。
「どうしてこんなことに…?」
「なんで私ばっかり…?」
でも、ヴィクトール・フランクルはこう語っています。
「私たちが人生に何を期待するかではなく、
人生が私たちに何を期待しているかが問題なのです。」
─ 『夜と霧』(Viktor E. Frankl, Man’s Search for Meaning)
フランクルは、人生を問い詰めるのではなく、
人生そのものが私たちに問いかけているという姿勢で、生きる意味を見つけようとしました。
「この出来事は、私に何を促しているんだろう?」
「私は、この状況にどう応える人でありたいのだろう?」
それは、“やり方”では答えられない。
ただ、“あり方”でしか受けとめられない問い──。
だから、こう観測しています。
あなたの心の中にある、あの出来事。
胸が締め付けられる、あの記憶。
──人生は、あのとき、あなたに何を問うていたのでしょう?
そして今、あなたは、
その問いにどう応えようとしていますか?
答えは、どこかの正解ではなく、
あなたという“在り方”の中にだけ、
静かに息づいているのかもしれません。
ちなみに今、熱が出て寝込んでます。
人生が何を問いかけているのか…って考えてたけど、
体調不良すら「問い」に変換しようとする私は、
たぶんちょっと哲学過敏症。
これはただのウイルス。
熱さえも
意味づけしたくて
こじらせる
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見えない価値を 見えるカタチに
noteで文化をつくる人 花子🌸
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