見出し画像

🌹老子第4章|上品に生きる|和光同塵|人生の午後に読む老子|自習note

こんにちは。
人生の午後のアトリエ|花子です🌸

本日も読みに来てくださり、
ありがとうございます。

本日も、
人生の午後に響く逆説の知恵、
老子の言葉をご紹介します。

今日は老子第四章。

上品に生きたい人に贈りたい、
老子の言葉です。

よかったら本日も
ゆるりとお付き合いくださいね。

上品に生きる|老子4章

品がいいな、と感じさせる人は、
けっして前に出すぎることがありません。

知識をひけらかすのではなく、
どこか余白がある。

強く主張しすぎないのに、
なぜかその場が落ち着く。

「私が、私が」と
光りすぎないのに、
空気を整えている。

老子は、
そんな“静かな品”について
語っているようにも感じます。

【原文】

道沖而用之或不盈。
淵兮似萬物之宗。
挫其鋭、
解其紛、
和其光、
同其塵。
湛兮似或存。
吾不知誰之子。
象帝之先。

【書き下し文】

道は沖(ちゅう)にしてこれを用うるも、
或(ひさ)しく盈(み)たず。

淵(えん)として、万物の宗に似たり。

その鋭(えい)をくじき、
その紛(ふん)を解く。

その光を和らげ、
その塵に同ず。

湛(たん)として存する或るに似たり。

われ誰の子たるかを知らず。
帝(てい)の先(せん)に象(に)たり。

【現代語訳】

道は空っぽのように見えるが、
どれだけ使っても尽きることがない。

それは奥深く、
あらゆるものの源のようだ。

尖ったものをやわらげ、
絡まったものをほどき、

強すぎる光を静め、
世の中の塵にも自然に溶け込んでいく。

静かで、
そこにあるのかないのかもわからない。

けれど確かに存在している。

それは、
あらゆるものよりも前から
存在しているように感じられる。


人生の午後になると、
「すごいと思われたい」よりも、

「一緒にいて安心する人でありたい」

そんな気持ちが
少しずつ増えてくる気がします。

品のある人は、
相手を言い負かすことで
自分を大きく見せたりしません。

私の中で、品がいい人というのは、
「相手に恥をかかせない人」という
イメージもありますね。

光りすぎず、
濁りすぎず、
自然に場になじむ。

老子のいう
「その光を和らげ、その塵に同ず」は、

“目立たない”ではなく、
“調和できる強さ”なのかもしれません。

光を消すのではなく、少し和らげる。

自分を隠すのではなく、周囲と調和する。

そんな生き方ができたら、

人生の午後は、
もっと穏やかになるのかもしれません。

※四字熟語ー和光同塵は
この章から生まれました。

強すぎる 光を少し やわらげる

出典・参考文献

『老子』第4章

参考文献:老子・荘子(上)
新釈漢文大系 明治書院 
阿部吉雄・山本敏夫・市川安司・遠藤哲夫著

花子は、アマゾンアソシエイトで
適格収入を得ています。

Youtubeでも老子の教えを
発信しています🌹



いいなと思ったら応援しよう!

花子🌹 人生の午後のアトリエ よかったら応援の気持ちのチップをお待ちしています♪創作活動に使います!