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死と自然と不思議とvol.3~巨大な愛~

おはようございます。

今は亡き両親との関係、
当時の親の年齢になった私。

備忘録と
回想と整理をしています。



破天荒な母の事を父に愚痴ると
必ず父は「あんな一生懸命な人いないぞ」
初めて聞いた時は衝撃でした。

喧嘩もしょっちゅう、
いろいろ真逆な両親がなぜ一緒にいるのか。

そんな大変な思いをしても、
なぜ一緒にいるのか。

という2人なのに、
父はそんなふうに思うんだ。
と、若いわたしは理解に苦しみました。

ただ、不思議だったのは、
わたしは結婚願望が強く、
子供が大好きで早く子供を産みたいと思っていました。

そこには、
ときどき
ぐちゃぐちゃになる事があるこの家族に、
絶対的な愛を感じていたからだと思います。



高校生の時、
朝から母と激しくケンカをしました。

珍しく父の方が早く帰宅していました。
今朝のケンカの話を父は聞いていたようで、
「朝お母さんとケンカしたんだって?」
とバツの悪い、やったなぁという顔で言いました。
わたしはわたしの意見を勢い良く父に言うと、
「そーだよなぁ、分かるよ
だからさぁ、そこをマコは大人になって、謝っちゃえよ〜」というのです。
「なんでわたしが!!冗談じゃないよ!」と言うと、
「ほら、母さんもあーゆー人だから、笑
一生懸命だったんだよー、一生懸命やってんのに伝わらないからイラッとしちゃったんだよ」
と、言っているうちに、
母が仕事帰りにものすごい(年末かというほどの)スーパーの袋を車から運びだし、ただいまーと帰ってきました。
父に「ほら、手伝ってやりな」と、
手で、行け行けと煽られ、
仕方なく、
(心のなかでは、父さんがそう言うなら、今朝のケンカの事は多分母さんもショックがあって、愚痴やら悲しいやらを父さんに言ってたんだろうな。
そんな母さんの気持ち聞いている父さんが言うなら、行かなきゃ。と思い)
顔を合わせたくない
母の元へ、
スーパーの袋を持つ手を貸しに、
「お帰り」というと、

「・・・」無視

勢いに任せて
勇気を出して
「朝はごめんね」
と言うと、


わたしを鋭い目で見て
「今更何言ってんだよ」
と、言ってきやがったんです!

きーーーーー

こいつーーー救いようがねーー🔥
と、
母が部屋に来る前に
父に講義!!

ガミガミ言うわたしを横に、  

にこやかに
良かった良かった。
と言う穏やかな満足そうな顔をして、

「口ではそう言うけど、
嬉しかったんだ」と、
父はいいました。

それを聞いて、
そうかぁ。
と、なんだか、
「大切なものをただ大切にする」
相手がどう出るかよりも、
自分がどう出るか。
という大切な事が私のなかに産まれた時でした。



子供が大好きな母。
子供のような母。
窓際のトットちゃんや、
赤毛のアンや、
トムソーヤー
長くつしたピッピ
周りから一風変わった子と呼ばれる
子達の物語が大好きな母。

話す母はいつもキラキラしていました。

父はそんな母が大好きだったのだと思います。

白黒はっきりの母
自分の意思がハッキリしている母
人が喜ぶ事、
いつも人のために動いている母
家族を命と思っている母
⬆これは父、母同じくらいのエネルギーを感じます。

私の息子が分からない道に迷い込んだ日々(ヤンチャな)も、
私の口から出たのは
「何があっても命をかけて守るから」
でした。
この覚悟の言葉は
父と母の力だと思います。
息子は
「なんで!?なんでお母さんがいのちをかけて守るの!」と、言いました。
わたしは
「親にとって子供はそういうものなんだ。
私のお腹にやってきて、父さん母さんの血肉を分けて産まれてきた大事な存在なんだ」と言いました。

そこにいた主人も、
納得。
この空気は、
父と母を思わせました。
ガツンの母
父のなかに隠れていたもの
ガツンと飛び出し気づき、
心から納得して通じる。

こうやって、
真逆な2人でも、
根底に流れている熱いものが
共通の価値観を持っていたら、
ごちゃごちゃあっても
深いところでは繋がっているんだと感じます。

私がお嫁に行く時
父はわたしの実家に挨拶に来た主人に
「おれはね、この子をここまで命をかけて守って来たんだけど、これからじゅんちゃん(主人)にお願いできるかな」
と言っていました。

両親が私たち3人の子供達を命ほどに大切にしてくれているのは、
十分伝わっていました。
でも、この「言葉にする」という事で、
ズドンと、確信に、
そして両親の巨大な愛を感じました。


当時20代前半の私は、
「大袈裟だよー」と思ったけど、
父の主人を見る真剣な眼差しと、気迫は

そんな「大袈裟」だと思うわたしを吹き飛ばすくらい、真実でした。

つづく

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