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1人息子を、勘当した日。(その7)

私たち親も怒りのスイッチが入ってしまったことを悟った息子は、もうどうにでもなれというやけくそな気持ちもあったのかもしれないが、あちらもまた感情に任せてさんざん暴言の嵐を連日送ってくるようになった。
昔、小4から習いたいと言うので通わせていた剣道も、いつの間にか自分より母親がハマって中2の頃には嫌いになっていたとか(ならなんで高校でもわざわざ剣道部入ったんだよ)、とにかく全てのことは母親である私の顔色を伺いながらしてきたことで、「最後に決めるのは自分だからね」と決定権を与えていたことすら、選択肢を狭められてそれしか選べない状態にまで追い込んでから責任をなすりつけるためだと言われた。

私は昔から、腕を180°に開いて「勉強すれば、この中から自分の道を選べるよ。でも勉強しなかったら」と言って腕をほんの少しだけの状態まで閉じて「たったこの中からどうしても選ばなきゃいけなくなるかもしれない。その中に貴方の望む道があればそれでもいいかもしれないけど、もしなかった場合もそこから選ばなくちゃいけなくなるよ。」と言っていたのを覚えている。
前述の記事のように、幼稚園時代から息子の発達凸凹に気付いていた私なりに視覚情報を交えて、息子に勉強の大切さをわかって欲しくてやっていたことだが、今こうとなれば意味があったのかすらわからない。

運悪く、テレAの周辺筋からスーパー戦隊シリーズ終了の情報が流れ出した。
結論としては宇宙刑事ギャバンに置き替わっただけだが、当時は情報もなかったため、息子の志望する進路の求めるキャパシティは近い将来半分以下になることが予想された。
それを踏まえて、私たち夫婦は覚悟を決めて息子に言い渡した。

N専門学校に行っても、近い将来求められる人材のキャパシティが半分以下になるのは容易に予想される。そんな業界に今まで大事に育ててきた子どもをみすみす放り出すなんてできない。転学はY専門学校はもちろん、N専門学校でも許しません。かと言って今更短大に戻る気なんてないでしょう?この条件が飲めないならば年内で支援を打ち切ります。ただし、地元に帰ってくると言うならば、就職活動を始めるという前提で、東京からの引き揚げ(つまり引っ越し)代と自動車学校へ通うお金だけは面倒見てあげます。」と。
こちらは一家に1台どころか1人に1台車を持っていないと働きにすら行けない程の超ド田舎なので、息子の同級生も皆初心者マークを付けながらにょろにょろ走って通学なり仕事なりに行っているので、親として譲れる範囲はそこまでだ。

しかし息子はこちらの譲歩案をすぐに蹴った。
「俺の同級生のことなんか今更比べられても知りませんし関係ないです。支援がもらえないと言うなら新聞奨学生になるので連帯保証人だけお願いします。」と言って。
・・・よりによって新聞奨学生なんかの道を紹介するなよ、Y専門学校。
約30年前、私たち親が受験生だった頃も既に新聞奨学生とは最後の最後的選択肢と言われ、給料の安さに見合わない重労働を強いられる環境はインターネットという言葉すら存在しなかった頃でも夜逃げ話には事欠かなかったというのに、大手新聞社も夕刊を出さなくなり、オールドメディアと叩かれる世の中で自ら飛び込みに行くとは自殺行為にも等しい。

このあたりからなんとしてもY専門学校に行きたい息子と私たち親の戦いが激化し、私は毎日のようにLINE越しに浴びせられる息子からの暴言でかなり病み度が上がりながらも応戦していた。
主治医ですら「こんな状況じゃなかったら入院して休ませたいけどねぇ、結論は親として出さなきゃいかんと思うし、お犬ちゃんもいるからねぇ。」とかなり心配してくれていた。


つづく。

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