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【本の紹介】『母』(三浦綾子著)

三浦綾子の『母』は、小林多喜二の母、小林セキさんの秋田弁での語りで綴られた小説です。

小説の中のセキさんは88歳(数え年)。
実際のセキさんは、1961年に87歳で亡くなりました。

三浦綾子さんの作家としての活動期間は1961年から1999年ですので、『母』は小林セキさんへのインタビューを書き起こしたものではないとわかるのですが、まるでセキさんが三浦綾子に語っているかのように、この小説には活き活きとした息遣いが感じられます。

セキさんは、1873年(明治6年)、秋田県の貧しい農家の長女として生まれ、13歳で小林末松の妻となります。生家の口減らしのためです。その時代は、口減らしのために嫁に出されるというのはまだマシで、女郎として売られる女性も少なくありませんでした。

嫁ぎ先の小林家も裕福ではありませんでした。夫・末松の兄が家の財産を食いつぶしてしまったためです。

けれどもセキと末松夫婦は仲良く支え合いながら暮らします。
そして6人の子どもたちを授かります。
百姓をしたり、蕎麦屋をしたり、トロッコを引いたり、北海道に出てパン屋をしたりと様々な仕事に励みながら、子どもたちを育てます。

北海道小樽の家のすぐそばには、たくさんの「タコ部屋労働(主に昭和中期の北海道で労働者を監禁・拘束して行われた過酷な肉体労働)」をさせられる人たちがいました。次男の多喜二は、彼らが拷問を受けて泣き叫ぶ声を日常的に聞いていたのでした。

小説の中のセキは貧しくて働きどおしですが、「母ちゃん、あのね」と我さきにおしゃべりする子どもたちのにぎやかな様子を懐かしく語ります。


小林セキと多喜二の物語には、もう一人大切な人物「タミ」が登場します。
タミは、小林家よりももっと貧しい家で生まれ、女郎として売られていました。
多喜二はタミを「身請け」します。
銀行に勤めていましたのである程度のお金はありましたが、それでは足りず、友人に借金をして身請けしたのです。

大河ドラマの『べらぼう』でも、吉原の女郎を身請けする話が出てきます。身請けして自分の妻にしますよね。

しかし多喜二は妻にしません。
多喜二はセキにいいます。

「だってな、母さん。おれはタミちゃんを苦界から救い出したいだけなんだ。ここですぐおれの嫁さんになってくれといえば、おれの金で救い出されたタミちゃんは、断るにも断れん」

「男と女は互いに自由でなければならないんだ。自由な身でつき合って、それで結婚する気になったら、結婚すればいい。とにかく今のタミちゃんに結婚を申しこむのは、金で女を買うのと同じことになる。おれは、そうはしたくないんだよ。わかるだろ、母さん」

『母』角川文庫(三浦綾子著)

多喜二の考え方は非常に立派だったのですが、タミはタミで「貧しい家族を抱えた自分が多喜二さんの厄介になってはならぬ」と家を出ていくのでした😢

後半から空気はガラリと変わります。
多喜二が警察に捕まり、取り調べの中で虐殺されるのです。
ひどく無残な虐待死でした。
セキ60歳、多喜二30歳のときでした。
私と次男の年齢と同じだと思うと、いっそういたたまれない気持ちになります。
母にとって我が子は我が命よりも大切なもの。

社会を変革する人にならなくてもいいから生きていて欲しかったと、多喜二を守ってやりたかったと、セキは思い続けて死んでいったのではないかしら。


母に愛され、母を終生大切にした小林多喜二の小説『蟹工船』を、もう一度読みたくなりました。

今の時代に通じるものがきっとある、と思います。





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