イケオジは出張を『ただの仕事』で終わらせない。東京、独り歩き。クレープと、もんじゃと、心のゆとり。
東京、仕事上がりの独り遊び。竹下通りから月島へ。
喧騒のなかの「自然体」を愉しむ
東京出張の一日。仕事を無事に終えた午後、ふと肩の力を抜き、街の空気を感じながら歩きたくなった。
私は、あえて若者のエネルギーが渦巻く原宿・竹下通りに足を踏み入れていた。
目に飛び込んでくるのは、目が眩むほどポップな色彩と、型にはまらない若者たちの活気。
かつての自分なら、この圧倒的な熱量に気圧されて足早に通り過ぎていたかもしれない。
しかし、今の私は少し違う。波打つような人混みの中でも、背筋を伸ばし、気負わずに「自然体」で歩く。
その余裕こそが、大人になった今の自分へのささやかなご褒美のように思えた。
マリオンクレープに並ぶ、贅沢な待ち時間

目指すは、原宿の象徴とも言える「マリオンクレープ」だ。
列に並ぶと、周囲の人々の明るさや、ポップな色彩に少し気恥ずかしさを覚える。
だが、並ぶ間も悪くない。
スマホでニュースをチェックしながら、誰かの笑顔や、楽しげな会話の断片が耳に入るたび、心の中に小さな温もりが広がる。こうしてゆっくりと待つ時間も、かつての自分なら気にしていたはずだが、今の自分は穏やかに、そして堂々とそのひとときを楽しむことができる。
効率ばかりを求めてきた仕事の時間とは対極にある、この「何もしない、ただ並ぶ」という時間の使い方は、今の私にとって最高に贅沢な過ごし方だった。
やがて順番が回ってきた。手渡されたクレープから立ち上る香ばしい匂いに、思わず深呼吸をする。トッピングは控えめに、「いちごバナナチョコショコラ」を選んだ。

ひと口頬張ると、甘さとしっとりとした生地の感触が口の中に広がり、柔らかい幸福感が胸に満ちる。子どもの頃の記憶が直接よみがえるわけではないのに、どこか懐かしく、心が軽くなる。こういう小さな瞬間が、大人になった自分には特別な贅沢に感じられるのだ。
表参道から渋谷へ、好奇心のままに歩く
クレープを堪能した後、私はさらなる発見を求めて、裏路地を縫うように渋谷方面へと歩みを進めた。そこで見つけたのが、「10円パン」だ。

巨大な10円硬貨を模したユーモラスな見た目。その中には、驚くほどたっぷりのモッツァレラチーズが閉じ込められている。熱々の生地を割れば、チーズがどこまでも長く伸び、思わず顔が綻ぶ。甘じょっぱい生地と、とろけるチーズの塩気が絶妙に絡み合う。
「大人が道端でこれを?」なんて自問自答は、もう必要ない。
堂々と、心ゆくままに地元の流行を味わい尽くす。
それこそが「大人の余裕」なのだから。
夜の帳が下りる頃、月島の鉄板に向き合う
散策の締めくくりは、下町の情緒が残る月島へと移動した。
昼間の原宿とは打って変わり、夜の月島は香ばしいソースの香りと、活気ある「ジュウジュウ」という音が路地に満ちている。
もんじゃ焼きの鉄板を前に、私は少しだけ背筋を正す。
店員さんが手際よく焼く様子を横目に、少しだけ焼き方を教わりながら、自分で混ぜて焼いてみる。立ち上る湯気と、少しずつ焦げてゆくソースの匂いに五感が刺激される。

出張先でも、こうして地元の味に触れることができるのは、ささやかだけれど確かな贅沢だ。
心に灯った「ゆとり」というお土産
クレープ、もんじゃ焼き、10円パン。どれも日常の小さな喜びかもしれないが、忙しい出張の合間にこうした瞬間を味わうことで、心にゆとりが生まれる。
今日の東京散策は、ただ街を歩くだけでなく、大人の余裕と、食の楽しさ、街の活気を体感できた贅沢な時間だった。
次にこの街を訪れるときも、また「大人の余裕」という名の空っぽのポケットを持って、街の美味しい瞬間を拾い集めに行こう。
そう自分に約束して、私は帰路についた。
