「俺はいいけどYAZAWAがなんて言うかな?」—AI時代に効く矢沢永吉さんの名言
諸説ありますが、こんなエピソードがあります。
矢沢永吉さんが、コンサートで地方を回っていたとき、スタッフの手違いで、宿泊するホテルの部屋がしょぼい部屋しか用意できなかった。おそるおそる報告するスタッフに、永ちゃんはこう言ったといいます。
「俺はいいけど、YAZAWAがなんて言うかな?」
これは単なる「かっこいいセリフ」ではありません。AIと人間の関係を考える上で、驚くほど深い示唆を含んでいます。

先日のランチで出た会話「矢沢の視点」
『AIを使う』のではなく、『AIに教える』視点からAIをひも解いてみます。
池松潤/Jun Ikematsu
コミュニケーションデザイン/事業計画/エクイティストーリー/エンタープライズ営業コンテンツ/マーケティング/コンテンツなど。慶応義塾大学卒/博報堂を経て、スタートアップCEOの壁打ち相手、婦人公論.jp 動画YouTube・新規事業開発担当。AI領域も新規事業開発している。ときどき婦人公論.jpにコラムも。 ⇒https://lit.link/junikematsu
① 「もうひとりの自分」を意識する
永ちゃんがここで言う”YAZAWA”とは、自分の中にいる「もうひとりの自分」であり「プロとしての自分」や「理想とする自分」です。
「今日は疲れてるし、まあいいか」と許してしまう自分ではなく、常に高い基準を保つ自分。その視点から物事を判断している自分です。
👉 AIを使うときも同じです。
AIに「とりあえず答えを出させえよう」ではなく、「理想の自分なら、どうAIを使うか?」を問うことです。
AIを自分の”分身”や”補助”として使うなら、その基準を決めるのは自分の中のYAZAWAなのです。
② 「感情」と「役割」を分けて考える力
スタッフがミスをしても怒らず、「俺はいいけど」と言えるのは「感情」と「役割」を分けて考えているからです。
AI時代に必要なのは、まさにこの力です。
AIは感情を持ちません。
だからこそ、人間の側が冷静に、役割で判断できなければ、本当の意味で使いこなせません。
・ 「ムカついた」ではなく「どう改善するか」
・「好き嫌い」ではなく「目的に合っているか」
AIを使う時は、自分の感情を一段引いて見る視点が、なによりも大事です。
③ 「ヒトとAI」の関係は「俺」と「YAZAWA」の関係に似ている
AIは「もうひとりの自分」のように、常にそばにいる存在になりつつあります。
つまりAIは「自分の鏡」です
影とも言えるかもしれません
もし、 AIからダメな答えが返ってきたら、聞いたあなたがダメだと思った方がいい。
そして、勝手に動く「便利なツール」ではなく、自分の基準・哲学で導く存在でいてほしい。
AIが「道具」じゃなくて「知性」となるためには、人間が「俺はいいけどYAZAWAがなんて言うかな?」と、引いた視点で考える必要があるのだと思います。
④:AI時代のYAZAWA的マインド
自己基準
・ホントの「矢沢永吉」の意味:
感情ではなく、理想の自分で判断する
👉AI時代の応用:
AIを“理想の自分”の延長として使う
感情制御
・ホントの「矢沢永吉」の意味:
「怒る」より「考える」(導く)
👉AI時代の応用:
感情とロジックを分ける
自律
・ホントの「矢沢永吉」の意味:
他人や状況に流されない
👉AI時代の応用:
AIに依存せずに、自分がAIの“監督”である
だからこそ、この言葉はこう言い換えられます。
「俺はいいけど、AIがなんて言うかな?」
🔻
👉AIに恥じない生き方をしているか?と。

AIと生きる時代には「YAZAWA的な自問」が、「尊厳」と「プロフェッショナリズム」を守る鍵になると思います。
AIの使い方ばっかり考えてませんか?
「自分の中のYAZAWA = 理想の自分」
感情で動かず、AIをうまく導ける人になろう。と。
言ってみたいですね
「俺はいいけど、イケマツがなんて言うかな?」
池松潤
https://lit.link/junikematsu
Special Thanks Natsuko
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#AIを使うよりAIに教えろ
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