AIに日本語の語彙は誰が教えるのか? ― 出版社が果たす「言葉の未来」への責任
このnoteの要点3つ
1;AIの未来は「どう使うか」より「何を教えるか」で決まる
2:出版社はAIに日本語を教える教科書を作れる
3:日本語の未来を考えることは、未来の社会を明るくする希望につながる
※このnoteは私個人の考えです。賛否両論を呼ぶかもしれませんが、AI時代の著作権をどうアップデートするか、皆さんと一緒に考えたいと思っています。日本語の未来を考える小さなきっかけになれば幸いです。
※AIはファクトチェックと技術的な整合性などを確認するために使っています。
池松潤/Jun Ikematsu
コミュニケーションデザイン/事業計画/エクイティストーリー/エンタープライズ営業コンテンツ/マーケティング/コンテンツなど。慶応義塾大学卒/博報堂を経て、スタートアップCEOの壁打ち相手、婦人公論.jp 動画YouTube・新規事業開発担当。MCもおこなう。ときどき婦人公論.jpにコラムも。 ⇒ https://lit.link/junikematsu
AIの未来が「希望」となるか「脅威」となるかを決めるのは、AIに「何を教えるか」です。
テクノロジーを受け入れるのではなく、私たちの手で、自分たちの言葉でAIを育む。その理由をシェアしたいと思います。
「AI翻訳税」って聞いたことありますか?
海外に行くときお金を現地通貨に換金しますよね。そこでは「手数料」を取られます。変えれば変えるほど、手数料が取られるやつ。AI翻訳税って翻訳されるたびに語彙を削られること。みたいなものです。
※「AI翻訳税」とは・・・
「何回も繰り返す翻訳で情報損失が累積する現象」の比喩
生成AIにとって、日本語の曖昧さや語彙は、伝統でも文化でもなく、バグや処理不能のエラーに見えているからです。
あなたの会社の社内の専門用語も同様です。暗黙知が詰まったあなたの会社の用語も同様にバグに見えてます。そこに「知的・無形資産」が詰まっているのに。
だから、当事者意識が、日本語の未来、私たちの未来を左右するのだと考えています。
パブリックAIとプライベートAI
今、私たちが日常的に触れているAIの多くは「パブリックAI」です。
インターネット上の玉石混交の文章を学習した存在。広く知識を網羅する一方、情報の偏りやノイズも多く、深い思考や文脈の理解はまだ発展途上です。
これからの時代に真の価値を持つのは「プライベートAI」
企業や組織が、長年蓄積してきた信頼性の高いデータや専門知識をもとに、特定の目的のために育て上げるAIです。そこでは「誰が、どんな思想で、どんな言葉を教えるか」が、AIの品質と人格を決定づけます。
※「プライベートAI」とは
出典一貫性/語彙スキーマ/監修履歴/使用許諾など明確化
ここで光が当たるのが、出版社の存在です。
小説、学術書、エッセイなど
出版社は「日本語の宝庫」
大手出版社は、100年以上の歳月をかけ、言葉を選び抜き、磨き上げ、体系化してきました。
つまり出版社は、質の高い日本語の最大の「アーカイブ」であり、AIにとって理想的な「教科書」なのです。
もし出版社が自社の持つ豊潤な言語資産を「AIのための教科書」として提供できれば、日本語は単なる翻訳の対象ではなく、未来を創造する言語資本へと昇華します。
ただし、そのためには考えなければならない重要な事があります。
「広島AI宣言」と「ソブリンAI」
2023年のG7広島サミットで採択された「広島AIプロセス」は、AIの国際的なルール作りにおける重要な一歩となりました。
これを機に広がったのが「ソブリンAI(主権AI)」です。
※「ソブリンAI」とは
自国の言葉や文化をAIに学ばせることで、その国がAI時代の「言葉の主権」を守るという考え方です。
これは自国の言語や文化、価値観をAIに深く学習させなければ、その国はAI時代の「静かなる文化的植民地」になりかねない、という警鐘です。
すでに、少数民族の言語は、AIの登場で絶滅の危機を感じています。
日本語をAIにどう教えるかは、単なる一業界の課題ではなく、日本の文化的主権に関わる国家的なテーマなのです。
※なお「ソブリンAI」は
文化的主権=多様性の保全
排他ではなく「多様性の維持装置」とも捉えられます。
「パンドラの箱」と希望
もちろん、出版社が言語資産をAIに提供する道のりは平坦ではありません。
著作権、AI印税の収益分配、利用ルールの策定
―乗り越えるべき「AIガバナンス」の課題は山積しています。
とりわけ、著者に還元される「AI印税」の仕組みが不可欠です。
※AI印税とは
生成AIなどがコンテンツを学習・利用するときに、著者や出版社に使用料・対価を支払う仕組み。従来の書籍や音楽の印税の概念をAI時代にあてはめた言葉。
それは、まさに「パンドラの箱」を開けるような、困難を伴う作業でしょう。できれば、定年退職まで触れたくない事案かもしれません。
しかし、古代の物語と同じように、箱の底には必ず「希望」が残されています。
優れた編集者が、著者へ敬意と倫理観をもってAIに日本語を教える「プライベートAI」は、社会の多様性に寄り添う、思慮深い存在になるはずです。
何故なら著者に寄り添う優秀な編集者もまたAIをこれから学ぶからです。出版社は、著者と優れた編集者で成り立ってるのですから。
明るい未来に向けて
もし豊かで正確な日本語で育ったAIが生まれたら、どんな未来が待っているでしょうか?
* 高齢者や、社会的立場の弱い人生に耳を傾け、孤独を和らげる対話AI
* 一人ひとりの好奇心を引き出し、学びを支える教育AI
* 医療や介護の現場で、一人ひとりの心に寄り添うケアAI
こうした未来の実現は夢物語ではありません。
AIを「どう上手に使うか?」の情報が氾濫してますが、その前に、AIに「何を教えるか」を考えること。まずそこから始めたいと思います。
水面下では激しい闘争が繰り広げられているとしても、例えそうだとしても、この状況の「本質的な意味を深く理解できた人」が重要な役割を担うことで、日本語は未来へと力強く息づき、私たちの社会をより温かく照らす光となると思うからです。
「何を青臭いことを言ってんだ?」そう思う方も居るでしょう。
でも、未来は若者にためにあるのです。
そこを忘れないようにしたいと自戒を込めて思います。
おわりに
AIは「恐れるべき存在」ではなく「未来を共創する存在」です。そして明るい未来のために使うツールです。決して権力や利潤だけの為にあるわけではありません。
私は1993年に初めてインターネットを使いました。AIの登場はあのとき以上のものです。Windows95から30年。それはこの国の失われた30年でもあります。これ以上の説明がいるでしょうか。
だから、一人ひとりの私たちが「どのように日本語をAIに託すか」にかかっています。それが、ご理解頂けると思います。
AIの「日本語の先生」になること
それこそが、私たちが築き上げてきた日本語を、次の世代へと手渡すために重要な事だと思っています。
出版文化とAI技術をつなぐ部分に未来があります。
だからしばらくは「AI」について、具体的なモデルや数字をアウトプットしていこうと思います。
では次回をお楽しみに
池松潤
https://lit.link/junikematsu
このnoteはあくまで個人の考えです。賛否両論を呼ぶかもしれませんが、AI時代の著作権をどうアップデートするかを皆さんと考えたいです。日本語の未来をともに考えるきっかけになれば、これ以上の喜びはありません。
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