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ヒオカさん講演会「届かない声を届ける―言葉にすることは生きる力になる―」レポ

2/14(土)、としま産業振興プラザで開催されたヒオカさんの講演会に参加しました。
ヒオカさんは貧困家庭出身のライターです。

ヒオカさんがライターになった理由

ヒオカさんがライターになった理由の一つは、「体力がなかった」からだと言います。
極度の貧困と様々なトラウマなどによってヒオカさんは、高校生の頃から胃腸が極端に弱り、脂っこいものが全く食べられなくなりました。
「体力は作るもの」
「若い=健康」
という先入観が一般的にはありますが、虚弱体質に対する偏見であるとヒオカさんは言います。

ヒオカさんはいざライターになるために、様々な所に手当たり次第DMを送ったそうで、その中で
「ヒオカさんは過去の経験を書いた方がいい。多くのライターは貧困者の取材はするけれど、ライター自身が貧困当事者、というケースは少ない」
という趣旨のことを言われたそうです。

ヒオカさんは正直、自分の経験を書くことに意味があるとは思えなかったそうですが、ブログ(ご本人はサービス名は明言されていませんでした)に自分の過去を書いたところ、こんな反響があったそうです。

  • 日本の貧困がここまでとは思わなかった

  • そもそも日本に貧困が存在すると思わなかった

  • 貧困なんて、どこか別の世界の話だと思ってた

そういう感想を読んでヒオカさんは、想定されない貧困というのはあるんだ、そしてそれは書かないと伝わらないんだ、ということを実感したそうです。

ここは私の感想ですが、てっきり私は、ヒオカさんはnoteでバズったことをきっかけに、トントン拍子でライターになったものだと思っていました。
ヒオカさんがライターになるために泥臭い営業をしていた、ということは全く知りませんでした。
実際、noteでバズったからといって出版社などからのオファーなどは全くなかったと言います。

「noteでバズれば自然と書籍化などのお誘いがあったりするのかな」
と私は漠然と思っていましたが、そんな甘い話はないんだという現実を突きつけられました。

大学で感じた大きな格差

ヒオカさんは高校時代から、新品の制服が買ってもらえないなどの格差を感じていました。
しかし、大学に進学してその格差はさらに大きなものとして実感するようになったそうです。
周りの友達は皆、

  • 大学受験は私立・国立含め、いろんな大学を受験した

  • 仕送りは月に10万とか15万とか送られている

  • 生活のためではなく、趣味のお金を稼ぐためにバイトをやっている

そのような友達の話を聞いて、
「そんな世界線が存在するのか……!」
と驚いたといいます。

目に見えない貧困

「貧困は連鎖する」と言いますが、これは習慣や考え方の違いによる部分が大きいとヒオカさんは言います。
講演で紹介されていたNPO法人の調査によると、貧困家庭で育った子どもは、生活リズムが作れてないことが多いという傾向があるそうです。
例えば、親が夜に働いていて晩ご飯が用意されていない。
だから晩ご飯を食べるという習慣が身に付いていないのです。

他にも歯を磨く、お風呂に入る、夜更かしせずに寝るといったような生活リズムが身に付いていないケースが多く、文化的な生活が作れない原因になっているんだそうです。
そのような環境では、自分を大切にする気持ちや、夢を語ったり挑戦しようという気持ちも育たず、諦めの連続になってしまいます。
これが「目に見えない貧困」です。

さらに、情報格差も無視できません。
貯金が大事という考え方や、投資の知識などに関しても、親が知らなければ子どももなかなか知ることは難しいです。

現代日本は「リテラシーがある人が有利、ない人は不利」という社会です。
それに対して「知らない方が悪い」という意見が目立ちますが、それでは社会は良くならないのではないか? とヒオカさんは疑問を投げかけます。

積極的選択と消極的選択

「若者の○○離れ」は様々なバリエーションがあります。
車離れ、旅行離れ、ブランド離れ、等々。
また、「若者の間で風呂なし物件が流行っている」などといった報道も最近見かけます。

しかしそこには大きな落とし穴があります。
若者は好んで「○○離れ」を選択したり、「風呂なし物件」を選んでいるわけではなく、それを選ばざるを得ない状況だから選択しているだけなのではないでしょうか。
つまり消極的選択なのです。
それをさも若者の間でブームになってるといったニュアンスで、積極的選択とすり替えて報道されている現状に、ヒオカさんは強く違和感を抱いています。

「女性が痩せたい」というのもそうです。
果たして痩せたい女性が多いのは、本当に積極的選択によるものなのでしょうか?
人間は環境に左右される生き物です。
社会の影響で「痩せなければいけない」という価値観を押しつけられているということはないでしょうか?

ヒオカさんは意図的に「自殺」と「自死」という言葉を使い分けています。
「自死」という言葉には、
「追い込まれた死」
「本当は生きたかったけど、やむを得ず死を選択するしかなかった」
というニュアンスがあります。
それはどう考えても積極的選択とは言えないのではないか、とヒオカさんは言います。

そして、「人に迷惑をかけるくらいなら死んだ方がマシ」と思っている人へ。
格差というものは、全てが自分のせいではないんだ、ということを知ってほしいとヒオカさんは言います。
格差を完全になくすことはできないかもしれない。
どうしたって格差はできてしまうものかもしれない。
それでも改善し続けていくことが必要なのではないでしょうか。

言葉にしなければ伝わらない

コロナ禍での緊急事態宣言が発令された頃、ヒオカさんは派遣の仕事をしていましたが、ある日突然
「今日から仕事はないから出勤しないでくれ」
と言われたそうです。
当然給料は出ません。

「私たちの給与はどうなるの?」と派遣先に問い合わせると、「それは派遣元に確認してください」とのコメント。
派遣元に連絡すると「派遣先がそういうならそれに従うしかない」と言われる始末。
誰が私たちの保証をしてくれるの? というのが宙ぶらりんの状態だったのです。

このような状況について、ネットでは
「リスクヘッジしない自分が悪い」
という意見が目立ちました。

こういった経験や、ネットでの意見を見たヒオカさんは、

  • 想定されない貧困はある

  • 書かないと伝わらない。書かないと「ないこと」にされる

  • 自分の当たり前は、誰かにとっての「考えたこともないこと」

ということを痛感したそうです。

表に出る人は、フリー素材でもサンドバッグでもない

ヒオカさんはライターとして取材する側でありながら、貧困家庭出身の当事者として取材される側でもあります。

実家での虐待の様子については、ヒオカさんは具体的に書くのを避けていたそうです。
「そこまで詳細に書く必要性はない」という線引きがあってのことなのですが、そうすると「もっと具体的に知りたい」「虐待の内容はより具体的に書いた方が数字が取れる」といった意見が多かったので、詳しく書いたところ確かに数字は取れたんだそうです。

講演会などで質問される際に、
「明らかにその質問は好奇心から聞いてるよね?」
「その質問をする意図が全く分からない」
というものがあるんだそうです。
その時は普通に回答するんですが、後でボディブローのようにじわじわ効いてくると言います。
人は好奇心に晒されると、消耗します。

人はセンセーショナルなことを知りたがる生き物です。
確かに人の好奇心を煽る記事は、数字に繋がりますし、じっくり読んでもらう記事は伸びないという現実があります。

しかしトラウマなどを抱える人にとっては、そういった好奇心から来る質問は辛いものがあります。
「果たしてこの質問は問題提起をするものなのか? 単なる好奇心から聞いてはいないか?」ということを考える必要があるとヒオカさんは言います。

表に出る人は、フリー素材でもサンドバッグでもありません。
グロさを優先してないか、今一度立ち止まることが大事です。

こういうことをヒオカさんが主張すると、
「嫌ならやめろ」
という意見が必ず出るそうです。

しかしそれでは社会は前に進まないとヒオカさんは言います。

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