pato『文章で伝えるときいちばん大切なものは、感情である。』感想
ずっと書けなかった。
patoさんの文章は何十回も繰り返し読んだ。
でも感想文が書けなかった。
なぜか?
本書の魅力がうまく説明できなかったからだ。
この本は魅力的ではないのか?
そうじゃない。断じて違う。
「本書がどういう本なのか」を説明するだけなら簡単だ。
文章術の本
伝え方の本
人の心を動かす本
おおよそこんな感じだ。
でもこれではこの本の魅力は誰にも伝わらない。
正直、ありきたりで無難な読書感想文だったら簡単に書ける。
でも、それは書きたくなかった。
私は本書の魅力をどうしても伝えたかった。
『Amazonで「鬼滅の刃」のコミックを買ってしまったのに、どうしても読み始める気になれない。』
というpatoさんの記事をご存じだろうか?
この記事は鬼のようにバズった。
バズのお手本のような文章だ。
『鬼滅の刃』のコミックを揃えたはいいけど、なかなか読み進める気になれない。
年齢のせいか、新しいものはしんどくなってしまった。
流行りものを追うのは億劫だ。
そういうことを語る記事なのかと思ったら、そうではなかった。
この記事は、人間の弱さと葛藤に焦点を当てたドラマである。
私はこの記事を読んだ時、震えが止まらなかった。
私にはこんなにドラマチックで、心が動かされる文章は書けない。
ただひたすら、patoさんの文章に出会えたことに深く感謝した。
私はすぐにpatoさんの本について調べ、『文章で伝えるときいちばん大切なものは、感情である。読みたくなる文章の書き方29の掟』という異様に長いタイトルの本をAmazonで購入した。
おそらくこの本を読めば、どうやってあの鬼滅のような文章を書けるのか、そのヒントが掴めると、そう思ったのだ。
この本には絶望と執念がにじんでいる
確かにこの本は文章術としての本質が書かれていると思う。
それでいて読み物としても面白い。
でも、それだけじゃない。この本には
文章が書けない
文章が届かない
文章が伝わらない
ということに対する絶望と、それを乗り越えようという執念がにじんでいる。
本書の文章は正直なところ、理路整然とは書かれていない。
分かりやすく、シンプルな構成で、コンパクトに要点がまとめられた文章ではないのだ。
この点が文章術の本としては異質だ。
だからといって決して文章が読みにくいというわけではない。
著者は、読みやすさを考えて言葉や文章を丁寧に選んでいる。
それでいて、著者の伝えたいことがしっかりしているから、心に深く響く。
著者が悩み苦しみながら、言葉や文章を丁寧に選択していった痕跡がページのいたるところに感じられるのだ。
だから、文章を書くことで苦しんだ経験のある人に本書は刺さる。
本書を読んでも、文章を書くことが楽になることはおそらくないだろう。
少なくとも私に関していえば、本書は何十回も読んだが、今こうして感想文を書くのにすごく悩みながら文章を綴っている。
悩み苦しみながら、それでもなんとか適切な言葉を絞り出そうとする誠実さや丁寧さ、心くばりを肯定する本だ。
文章力を鍛える方法
著者は文章力を筋肉に例えており、私はその表現を非常に気に入っている。
よく、文章力をつけるために毎日ブログを書きます、みたいな人がいる。とてもいい心がけなのだけど、おそらくそれでは文章力はつかない。なぜなら、そういう人の大半は、続けることが目標になっていき、書くことが目的化されていくからだ。そうなるとあまり考えずに、思いついた文章をポンポンと連ねていくことになる。それは負荷のかかる執筆ではなく、筋トレでいうところのティッシュを持ち上げて上下運動する行為に近い。これではほとんど筋肉にならない。
文章力は筋力と同じように、適切な負荷をかけることで鍛えることができると著者は言う。
では文章における適切な負荷とは何か?
それはさまざまなパターンの文章を書くことだ。
同じ内容の文章を書くにしても、どこに焦点を当てるか、描写方法、テンションなど、さまざまな要素を変えて文章を書くのだ。
これを100パターンくらい考えて書く訓練をすることを著者はおすすめしている。
もちろん文章を書く時に毎回100パターン考えようという意味ではなく、あくまで訓練として、基礎的な文章力をつけようという話である。
