茶碗
お正月という事で、日頃使わない萩で買ってきた萩焼の茶碗でお茶を飲んだ。
茶碗屋に並んでいる茶碗を見て、一つとして同じ形のものはなく、自分の手の中に気持ちよく収まるものを何気なく選んだ記憶がある。
萩焼は、使えば使うほど貫入と言われるヒビが入り、味わいが増すのでそれが楽しみでもある。
朝のお雑煮をいただいた後に、そんな茶碗に入れたお茶をすする。
いつもと同じ普通の煎茶なのだけど、器が変わっただけで、美味しいお茶だなぁと感じるのは不思議なものである。
そして、そんな茶碗を両手で包んで持つと、お茶碗から伝わる温かさが、手のひらから指の先を温めてくれる。朝起きて冬の凛とした寒さを感じていた体が、何となく弛緩するのを感じて少しばかり心が穏やかになるような気がする。
この感じは、都会の24時間空調管理が行き届いた環境では感じにくいだろうなぁと思う。山に暮らし、朝外気はマイナスの温度を示す中、朝から薪ストーブに火を入れるものの、まだログハウスの躯体が温まらない室内の凛とした空間だから感じられる感覚のような気がする。
なるほど、茶碗のこの形は、西洋の取手をつけたようなカップと違い両手で包み込んで持つ事ができる。それは、ただお茶という飲み物を飲むという目的だけでなく、寒い季節に体を手先から温めてくれるという大事な役割も担っているという事に気付かされたのある。
そんな事を考えながら、正月の朝のひと時をお茶を飲みながら、文明の温もりを感じる事ができる事に感謝して、一年を始める事にしようと思う。
