【日記12】やめては始めるのくりかえし、つづかない日記をつづけると決めた
2026年5月27日(水) でけえテレビがやってくる
ずっとプロジェクターで映画を観ていたわが家に、Kがでけえテレビを導入した。
中古で手に入れたうちのプロジェクターだと、どうしても映像が荒くなったり黒つぶれや白飛びが気になり始め、その状態での映画鑑賞は気が気じゃなかったらしい。テレビにもプロジェクターにもその他もろもろそういう系にはまったく明るくないわたし。
Kに熱心にプレゼンをされて、監督の意図に近いかたちで家で映画が観られるのはこちらだ、とゴリ押しされて、このでけえテレビの受け入れを許可した。(わが家は狭いので、でかい家具・家電は基本的に拒否している)(Kは映画の製作者の意図になるべく近しいかたちで映画を観ることにこだわっている)
それにしても、わたしの人生において、いちばんでけえテレビだ。今月もあいかわずカードの引き落としにどんよりしていたというのに、テレビだけは金持ちみたいだ。
届いたときはギョッとしたし、テレビ側もたぶんギョッとしていたと思う。
ちゃんとリビングがあって、床がつやつやしていて、立派なテレビ台もある広いお家に行けると思ってただろう?わが家の一部屋の壁一面をほとんど埋め尽くすテレビが、どこか異様で居心地悪そうだ。

まだ観られるのは先になりそう
テレビなんて自分の意思で選んで買ったりしていると、大人になってしまったなと思う。(買ったのはKだけど)
とりあえず設定が済んだら、ストレンジャーシングスを最初から観返そうかな。
2026年5月28日(木) 本の好きなところと映画の好きなところ
わたしが移動中にちまちまと本を読むのは、本を読みたいからではなくて、「スマホゲームにハマりたくないから」「ショート動画に時間を奪われたくないから」「なんだかあらゆるおまえたちにどこかで勝っていると思いたいから」というような気がしていて、非常に不純な動機だ。
別に本当に本が好きだとか読書が趣味なわけではなく、どちらかといえば本を読んでいる自分の方が好きだから本を読むのだろうな〜と思う。
映画とはちがって、本っていうのは著者と1対1でサシ飲みしているようなきもちになるから、楽しいって最近おもう。今はこっちの方が気分に合ってるのかもしれない。
著者1人だけで本ができてるってことはないにしても、なんというか文章は、書いている側のコントロールされつくしたものを受け取っているシンプルさが、美しいなあと思うのだ。
映画はまたべつのかんじがあって、みんなでワーっと集まって大勢の飲み会、でたまに監督がわたしの隣にまわってきてなんか意味深な一言二言を残して去っていく、ようなイメージがある。
それを総合芸術って言うんやで、と、なんだか今急にふと頭の中で元カレの声でナレーションが入った。
かんたんに一筆書きできるような顔つきの人としか付き合ったことがないので、もう顔はなんにも思い出せないのになぜか不意に声だけ思い出すときがあって不愉快だ。


バレたくないので、
Kがくれた紀伊國屋のカバーをつけている
2026年5月29日(金) 本日のおやつ・いもくり佐太郎
母が福島のお土産にくれた、いもくり佐太郎。
おいもの甘みが感じられてとってもおいしいお菓子だった。
3つ入りをもらったのだけれど、Kとひとつずついただいたあと2人であまりのおいしさにしばらくうなだれて、最後のひとつは2人で分け合って食べた。

2026年5月30日(土) 小2男子と競馬場(☀️)
今日は会社の同じチームの女子たち&キッズ2名で東京競馬場へ。
わたしが前のバイト先のおっちゃんたちによく競馬場につれていってもらっていた話をしたら、行ってみたーい!とのことでまさかのわたしが幹事となり馬を見に行く会を発足。日焼け対策を万全にね〜と言い合って、みんなして帽子をかぶって遠足か何かみたいな装いで待ち合わせ場所に現れたときは、やっぱり人間ってかわいいんだよなあ、と神の視点から思ってしまう。平日いっしょうけんめい働いて、お休みの日に帽子かぶって馬を見に行って。かわいいじゃないか。すてきじゃないか。
わたしも正直、競馬はずっとそんなによくわかってないし小心者なので、もっぱら小銭をちまちま賭けるのみ。初心者の小心者なりの賭け方を伝授した後は、みんなが楽しんでいる様子を聖母マリアの顔で見守って過ごした。
わたしの上司の息子さん&娘さんも一緒についてきてくれて、話にはよく聞いていたけれど、とにかくかわいい!よそのお子さまがかわいいと思える感性、案外自分にもあったことにおどろいた。
今どきの子どもたちはさぞ生意気に違いないとうがった見方をしていたわたしは思わず反省してしまうほど、素直で無邪気でにこにこと大人たちの都合についてまわってくれて、とても子どものような子どもでほっとした。
まだ幼稚園の娘さんのほうは、馬よりも噴水のある広場で遊びたいということで、午後はママから息子さんを託されて別行動。
人見知りだと聞いていたわりにはよく喋る男の子で、マイクラが好きで、釣りなんちゃらっていうゲームにもはまっていて、宿題の日記を書くのがきらいで、クラスの背の順だと1番後ろらしい。
パドックをぐるぐるまわる馬たちを、柵の外から並んで眺めた。じっと見つめる彼の横から、「好きな馬を2頭選びな、3頭でもいいよ」とわたしがいうと、最後に騎手が馬に乗って消えるまでじっくり考え、「好きな馬いなかった?」と尋ねてもなおだまりこみ、しばらくして「…2と10がいい」などと小声でわたしに耳打ちした。その時差が、なぜかうれしかった。
いまはクラスじゃ声がでかくて、打てば響くような素早いやつに負けるばかりだろうけれど、どうかこの先もゆっくり考えこんでふんばれ、と勝手に思った。



2026年6月6日(土) 5月病もどき、K念願の花やしきへ
文章を書くことをもっともっとがんばってみたいな、と心のどこかで小さく思い始めてから、逆になにをどう書いたらよいのかわからなくなり、5月病めいたものを遅ればせながら発症してずるずると6月。
とりあえずの日記ですら、わたしはこうしてサボりながらしか続けられない。
なので、毎日何かしらを書いて載せられる人を羨む一方で、サボりながら続けている人を見るとわたしはホッとする。しずかにハイタッチしそうになる。そういえばあの人消えたな、と会ったこともないだれかがふとわたしを思ってくれるかもしれない頃に、ゾンビのようにわたしもまた現れたい。あいつ、まだいたのか。そっち側で、ゾンビ側で、もう少しがんばろう。
そんなこんなで文章で少しでもどうにかなりたいと思っているのであれば毎日何かしらを書こう、話はそれからだ、というのが逆に足かせになり元も子もない事態となったある日、K念願の花やしきに行くことになった。とにかく四方八方に行き詰まっていたわたしにはよい気分転換だ。
人生で2回め。前回は、たしかまだハタチにもなってなかったころ。地元の親友のYちゃんが東京に遊びにきた時に連絡をくれて一緒に花やしきの今はなき観覧車?に乗ったことがある。(ぼろくて不安だった。こわくてなんにも盛り上がらなかったけれど、ともに地上へ生還したYちゃんと半泣きで抱き合った)
あのころから引き続き生き延びて、こんな不安な遊園地もう2度と来るか、とすら一瞬思ったことをしっかり忘れてわたしはまたKとともにのこのこやってきた。
Kはテーマパークが大好きなので、花やしきにはずっと行ってみたかったそう。稼働していないジェットコースターの裏側を熱心に写真に納めるKを、すこし離れたところから見守る。
花やしきの乗り物は正直いったん控えたいところだったけれど、Kの願いはなるべく叶えたいので、スリラーカーとお化け屋敷には挑戦。
どちらも地上から離れないからわりと安心だし、とてもゆかいなアトラクションだった。


数時間で満足して、帰りは2人で上野まで歩いて、あんみつを食べて帰った。
2026年6月11日(木) 健康診断のち、ビッグリボウスキを観る
32歳にして、健康診断で初めて婦人科検診のオプションをつけた。
乳がんのエコー検査と、子宮がん検診。受けなきゃ受けなきゃと思いながらも、とはいえ費用がだるいな、わたしは元気じゃ!といつまでも若者みたいなテンションでいたのだけれど、そろそろそうも言っていられない。
会社で同じ部署のお姉さん方に具体的にどんなポーズを取らされるのかとか、痛みはあるのかなどこまごまと確認してから挑んだのだけれど、覚悟したわりにはどちらの検査もサラリと終わった。
体重がぬるりと2キロ増えていたのが気になるし、不可解なことに身長が1センチも伸びていた。たしか去年も1センチほど伸びていたんだよな。牛乳を飲む習慣がそのへんの大人よりあるからだろうか。
身体はいまだに縦にも横にもでかくなっているというのに、収入も貯金も去年から引き続き伸び悩んでいるのはかなしい。こちらも右肩上がりにいきたいところ。
健康診断を終えてほっとひと息ついて、そういえばとコーエン兄弟の『ビッグリボウスキ』はまだやっているかと調べたところ、近くの映画館で30分後に上映開始とのこと。
朝から何も食べていなかったのでお腹がマックスに空いてはいたけれど、こんなによいタイミングもなかなかないので観に行った。

のに、途中で寝た。
なんならここ最近でいちばんよい、すこやかでサイコーなお昼寝だった。

2026年6月12日(金) 大学時代の映画サークルの先輩方と再会・いまやみんなして働いているふしぎ
大学の頃わたしが所属していた自主制作映画サークルはそこそこ歴史のあるサークルだったのだけれど、実態はほとんどの人が映画を撮らずに酒を飲んで煙草を吸って最近観た邦画の悪口を言ったりスターウォーズのどれがどの話のどれだったかなどを整理しあうだけのしょうもない日々だった。
わたしはタメの人たちとウマが合わず(ウマが合わない自分をどこかでイケてるとも思っていた)、もっぱら2つとか3つとか上の学年の先輩方とつるんでいた。がねーぜ、キョーヘイさん、くーちゃん。
留年とか浪人とかでみんなはわたしより思ったより年上だったと気づいたのはわりと卒業してからな気がする。
キョーヘイさんの結婚式を最後に4人で集まることはなかったのだけれど、数日前に酔っ払ったがねーぜがくーちゃんに電話をしたことをきっかけに、たぶん6年ぶりくらいに西日暮里で終結することになった。(アラフォーが酔っ払って女の子に電話って、そんなんまだやってんのかよアイツは!と、くーちゃんとLINEでやりとりがあった)
あの頃は何をあんなに朝から晩まで、ときに晩から朝まで、話していたんだっけ。よく4人で映画を観に行った。「ゼロ・グラビティ」も「レ・ミゼラブル」も「マリーゴールドホテルで会いましょう」も4人で観たな、なつかしい。
キョーヘイさんの上の子どもはもう小学2年生になっていて、がねーぜは学生時代から15キロ太ったらしい。くーちゃんは最近ぎっくり腰をやってヨガマットの上で暮らしていた、などとみんなの近況を聞いたりして、みんなが今はもうずいぶんと働いていて、それぞれコツコツ働いていて、変わってないけれどちゃんと歳をとってるのが不思議な気分になった。

次に会うのはまた6年後とかになっちゃうのかな。そのころわたしはどんなふうに生きているんだろう。
みんなぎっくり腰には気をつけて。痛風も。野菜もきのこも意識して食べよう。
