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掌編小説 「九十センチの宝物」

中学生のころ、ブラックバス釣りにはまっていた。

朝五時に起きる。自転車に飛び乗り、二十分かけて三段池までの坂を上る。そこで友達二人と合流し、ブラックバスを狙う。狙う、といっても、その池にブラックバスはそう多くはいなかった。一日に一度でもルアーに食いついてくれたら万々歳。釣れるかどうかすら分からないのに、私たちは毎朝、タイムリミットの七時半まで池のほとりで竿を振り続けた。それから急いで家に帰り、朝食をかき込んで学校へ行く。本当に、毎日のようにそれを繰り返していた。

釣れなくても楽しかった。むしろ、釣れない時間そのものが楽しかったのかもしれない。水面を見つめ、ルアーを投げ、リールを巻く。友達とどうでもいい話をしながら、ハスの葉の隙間や沈んだ木の横へルアーを滑り込ませる。「今日は釣れるかもしれない」。その予感だけで、胸が躍った。お手伝いをして小遣いを貯め、月に一度、釣具屋へルアーを買いに行くのも楽しみだった。壁に並ぶ色鮮やかなルアーを眺めているだけで、次の朝には誰も見たことがないような大物が釣れる気がした。

ある日、本当にブラックバスが釣れた。人生で、まだ二匹目のブラックバスだった。私は興奮のあまり、その魚をビニール袋に入れ、自転車を必死に漕いで家へ持ち帰った。こんなこともあろうかと、水槽だけは用意していたのだ。水も入っていない袋の中で、自転車の振動に揺られながらも、ブラックバスはまだ力強くエラを動かしていた。

水槽に放すと、魚は何事もなかったように泳ぎ始めた。四十五センチの水槽ではさすがに狭そうだったので、父に頼んで、同じ水槽を二つつなげてもらった。玄関に置かれた特製の九十センチ水槽の中で、私のブラックバスは煮干しを食べ、少しずつ、けれど確実に大きくなっていった。あれから三年ほど、ともに暮らした記憶がある。

今では、ブラックバスを生きたまま持ち帰り、家で飼うことは法律で禁止されている。私たちが通った三段池もとうに埋め立てられ、今は老人ホームが建っている。朝五時に起きて坂を上り、友達と並んで糸を巻く。釣れるかどうかも分からない魚を、ただ待つ。あの濃い時間は、もうあの場所には残っていない。

今の子どもたちは、あんな体験をもうできないのだろうか。

外来種の問題はよく分かる。環境を守るために、必要なルールがあることも理解している。けれど、ときどき切なくなる。大人が「正しさ」を積み重ねていくたびに、子どもの遊び場は少しずつ、静かに消えていくのではないか、と。

あのブラックバスを飼った経験は、今でも私の中で鮮明に生きている。玄関の水槽で泳ぐ姿を、毎日飽きずに眺めていたこと。煮干しを落とすと、大きな口で飛びつくものの、それが硬くてなかなか飲み込めず、何度も顎を動かしていたこと。学校から帰るたび、カバンも置かずに水槽の前にしゃがみ込んだこと。

たぶん、あれはただの魚ではなかった。

自分の力で早起きし、自分の足で坂を上り、自分で釣り上げて持ち帰った、人生で初めての、大きな宝物だったのだ。

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