どうして、夏は麦茶が飲みたくなるんだろう。
「今年も、もう夏なんだな。」
外は、じゅうぶんに暑い。
カレンダーを見ても、たしかに夏。
でも、どうだろう。
子どもの頃みたいに、「夏が来た」と、はっきり感じる瞬間が。
少し、減った気がしませんか。
夏休みが始まるわけでもない。
生活が、大きく変わるわけでもない。
昨日と今日が、ほとんど同じように続いていく。
気づけば、暑い日だけが続いて、夏が、進んでいる。
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そんな私にも、夏になると、気付いたら変わってることが一つあります。
普段は、水や、綾鷹を飲むことが多いんです。
でも、夏になると。
なぜか、麦茶を選びたくなる。
食事の時。
暑い外から、帰ってきた時。
麦茶を飲むと、その味そのものに、なんだか「夏っぽさ」を感じるんです。
理由なら、いくつか説明できます。
ミネラルが入っているとか、カフェインがないとか。
でも、そういう理屈とは、たぶん別で。
なんとなく、夏は、麦茶がいい。
そんな感覚が、あるんです。
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最初は、ただ昔の名残なんだろうと思っていました。
部活の帰り。
夏休みの、お昼ごはん。
思い返せば、昔の夏の記憶には、いつも実家の麦茶がいた。
毎年くり返してきた味だから。
飲むと、あの頃の夏が、少しだけ戻ってくる。
そういうことなんだろう、と。
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でも、考えているうちに、もう少し違う気もしてきました。
子どもの頃は、季節のほうが、生活を変えてくれていました。
夏休みが始まる。
昼間の過ごし方が、変わる。
まわりの景色ごと、「今は夏だ」と、教えてくれていたんです。
でも、大人になると。
夏になっても、日常は、そこまで変わらない。
仕事もあるし、予定もある。
昨日と今日が、似たような形で、続いていく。
だから、大人になるほど。
季節の境目は、少しずつ、薄くなっていくのかもしれません。
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そう考えると、麦茶を選びたくなる感覚も、少し違って見えてきます。
麦茶は、ただ昔を思い出す味じゃなくて。
薄くなっていく季節の境目を、自分の中で、もう一度はっきりさせてくれるもの。
そんな気が、してきたんです。
カレンダーの上では、とっくに夏でも。
冷たい麦茶を、口にした瞬間。
ようやく、自分の中で、夏が始まる。
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大人になると、季節は、勝手には始まってくれません。
自分なりの小さな習慣が、季節の境目を、作ってくれる。
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部活の帰りに飲んでいた、麦茶。
夏休みの、お昼ごはんにあった、麦茶。
そして今は、暑い外から帰った時や、食事の時に、飲んでいる。
麦茶は、あの頃から、何も変わっていません。
でも、それを飲んでいる自分は、毎年、少しずつ変わっている。
学生だった夏。
社会人になった夏。
楽しかった夏も、しんどかった夏も、ありました。
まったく同じ夏は、もう二度と来ない。
それでも、同じ味を口にすると。
「今年も、夏が来たな」と、思えるんです。
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そういえば、あなたにも。
毎年、これに触れると夏だなと感じる。
そんなものが、一つありますか。

