90歳のおじいちゃんにナンパされた話(2017.9.3)
「なんでそんな離れたところに座ってるの。こっちおいでや」
人生で初めてされたナンパは、
90歳のおじいちゃんでした。
まだ梅雨が行ったり来たりしている6月。
まるで誰かさんの優柔不断みたいに
はっきりしない天気が続く。
そんな中、珍しくズバリと晴れたあの日は
今年最高気温を叩き出した。
あまりにいい天気なものだから
会社にこもっているのはもったいない。
昼休みに散歩しながらコンビニへ行き
この暑さを最大限に活用すべく
ソフトクリームのアイスを買った。
それから久々の快晴を惜しみながら
会社に戻ったものの
この場所じゃあこのアイスの美味しさを
活かしきれない。
そんな根拠のない確信をもった私は、
アイスを持って再び外に出ることにした。
やっぱりとびきり暑い日のアイスは、
とびきり暑い場所で食べるのが良い。
そう思いながら、会社の近くにある
“公園”と呼ばれる場所に向かう。
木が生い茂る“公園”は
ベンチがいくつか並べられいるだけの
空き地である。
だが、桜の季節になるとそこは
一面ピンクに染まり、
知る人ぞ知る絶好の花見スポットになる。
会社のイベントでお昼休みに花見が開催されることもあるが、
普段は人はいない。
あそこなら、このアイスが絶対美味しく食べられる。
昼休みの時間もあと15分ほど。
私は駆け足で向かう。
公園につくと、
どうやらその日は先客がいたようで。
車椅子にのったおじいちゃんが1人。
何をするわけでもなく、
ジーッと木を見つめていた。
まぁ、いいか。
早くしないとアイスが溶けてしまう。
私はおじいちゃんから一つ離れたベンチに腰掛け
アイスを食べ始める。
ツンッとした冷たさが口の中に一瞬響き
そして甘さが広がる。
うん、やっぱりこれが正解だ。
「こっちおいでや」
アイスの味を掻き消すかのように
突然降って来た言葉。
一瞬、誰に言っているのかと思ったが
そこにはもちろん私しかいない。
「あぁ、はい」
と、間の抜けた返事をしながら
おじいちゃんの横のベンチに腰掛けた。
「お姉ちゃん、この近くで働いてはるの?」
馴染みの薄い関西訛りで
おじいちゃんは話し出す。
「はい、すぐ近くの会社です。今昼休みで」
「ほー。わしはあそこの老人ホームにおるん」
それからおじいちゃんは色々なことを話してくれた。
大阪出身ということ。
奥さんが群馬の人で、大阪の家を売って群馬に来たこと。
娘さんが2人いること。
2人とも嫁ぎ、遠くにいること。
20年前に奥さんが先立ってしまったこと。
「こんなに早く死んでしまうのなら、
家売らずに大阪帰りたかったわ。
何で1人で群馬におらなあかんねん」
おじいちゃんは
「大阪に帰りたいわ」と
何度も繰り返す。
でもその言葉とは裏腹に、
なんだか嬉しそうな表情を浮かべている。
口じゃそんなことを言うけれど、
きっと奥さんと過ごしたこの地から
離れようなんて
本当は思ってないんでしょう?
それから話は続く中、
決して聞き上手と言えない私はずっと
「へー」
と気の抜けた相槌を打っていたけれど
それでもおじいちゃんは嬉しそうに話した。
「わし、何歳に見える?」
「んー、80くらいですか?」
「今年で90歳やねん」
「見えないですね」
体も頭も一切悪いところはないんだと
誇らしげに笑う。
確かに、どう見ても90歳には見えないほど
元気な姿だった。
「お姉ちゃんはいくつ?」
「いくつに見えます?」
「23くらい?」
「24です」
「24かー、若いなぁ。
まだまだこれからやなぁ」
「まぁー、ぼちぼち結婚とか
考えないといけない年ですけどねー」
「まだ若いんだから、大丈夫。
これからいろんなことがあるよ」
私の4倍近く生きてる人が言うのだから
きっとそうなのでしょう。
90という大きな数字を目の前に
確かに24なんてまだまだなんだなって
思うしかなかった。
「そろそろ戻らなあかんやろ?」
「そうですね、戻ります」
そう言っておじいちゃんと別れ、会社に戻る。
電話のコールとタイピング音が響く社内にいると
さっきまでのおじいちゃんとの時間が
嘘だったのではないか錯覚してしまいそうになり、
しばらくボーッとしてしまった。
それから雨が続き
あれからどうにもおじいちゃんが気になって
たまに天気がいい日に
公園をのぞいてみたりするけれど
それきり姿を見つけることは無くて
気づけば夏が終わろうとしていた。
ひんやりと冷たいアイスが似合う日には
ふとあのおじいちゃんを思い出す。
聞きなれない関西弁に耳を傾け
波風立たないあの15分間は
時間が平らとでも言うのか
紛れもなくゆっくりとした時間が流れていた。
プールから上がったみたいにふわふわした感覚は
今思い返してもドキドキする。
誰かに、そっと恋をしたような感覚になった。
とても柔らかい時間だった。
そんなおじいちゃんとの思い出は
きっと、ひと夏の恋。
おわり。
2017.9.3
