通りすがっては消えていくけどいつか思い出せるもの/コミティア154・無色透名祭3 参加後記
コミティア154ありがとうございました!
— 家歩|コミティア154 お02b (@ie_walk) November 24, 2025
想定よりも多くの方に作品を読んでいただけて嬉しいです🙇♀️🙇♀️ pic.twitter.com/yJoilBq5LS
コミティア154お疲れさまでした。
ブースにお越し下さった皆様、本当にありがとうございます!
沢山の方が拙作を購入してくれて、嬉しい気持ちでいっぱいです。
個人でのサークル参加は初めてだったので、色々と準備不足で反省点も多いのですが(最大の反省点は当日朝にサークルチケット紛失したこと。次回以降抽選が不利になるってマジ…?)、作った作品についてはかなり満足しています。
今回は『幽霊と墓泥棒』というタイトルの8ページのショート漫画を描き、それを印刷所で小冊子にしてもらいました。
印刷がキレイでモアレも無く、パッと見た表紙の印象がかなり自分の狙いどおり。最高。ありがとう緑陽社。極道入稿マジで申し訳ありませんでした。
ブースを訪れてくれたお客さんも表紙に興味を持ってくれた方が多かったみたいで、「綺麗な本ですね」と褒めてもらえたりもしました。ウレシー
一冊100円というアンチ資本主義スーパー赤字価格設定にしたことも功を奏したのか、当初「10部売れりゃ御の字だな」と想定していたのが、その数倍ほどの売上となりました。ちょっとびっくりしてます。コミティア初参加でこれは普通に好成績なのでは…?
ただ、あんまり同人誌を安く売りすぎるのもよくない、という考え方もあるでしょうし、次回以降はもうちょっと現実的に黒字を狙えるくらいの価格にしようかなと思ってます。打ち上げで牛タン食べれるくらいには売れたい。
本を買ってくれた方に「今後もこういうホラーっぽい作品を作る予定はありますか?」みたいなこと聞かれたのが、一番嬉しかった。
数年前、出版社にマンガを持ち込んだときに「きみの作品は悪趣味ですね」と編集さんに言われたことがあり(編集さんも最大限気を遣った上での発言だったので全く恨んだりはしてない、むしろ感謝してるくらいなのだが)、それ以来ずっと自分の"作風"が誰にも必要とされていない感覚に悩まされていて――別に作品なんて誰にも必要とされなくたって描いて良いに決まってるんですけど、商業的に価値のないモノであるという烙印を押されたような気がして、自分の"作風"が誰かに求められるなんてありえないという前提でマンガを描いていたので、「この作風に次を期待してくれる人がいる」ということに新鮮なモチベーションを感じてます。
ブースに訪れてくれた方々がみんな個性的で、なるほどこういう人たちに自分の作品が見つけてもらえるのか、と嬉しいやら興味深いやらで、ただ店番してるだけでも楽しい時間を過ごせました。改めて、ほんとうに皆さんありがとうございました。
ブースの設営に関して、コミティアやZINEフリマ的なイベントに参加経験の多い友人に助けてもらったのも今回かなりデカかったです。本当にありがとう友人。
となりのブースの方が「ひらめきマンガ教室」の生徒さんだったのも個人的にテンション上がりました。ゲンロンのYouTubeチャンネルで講評会みたいなやつ見たことありますよ!!!と、妙に前のめりにリアクションしてしまったので引かれてないといいなと思います。
総じて楽しかったんだけど漫画の内容にはやはりいくつか反省点アリ。
何よりも8ページという尺の短さはやっぱり物足りないよな、と思うので(実際ブースに来てくれたお客さんも、試し読みで結末まで読み切っちゃって買わずに終わる、ということがほとんどだったので)、次回作は最低でも16、できれば30ページくらいは欲しいなーーーーと思ってるけどそんなの描く時間はどこにあるのか。果たして……。
偶然コミティアと同時期になってしまったんですが、「無色透名祭」という匿名で楽曲を投稿するイベントにも参加しておりました。
4500曲くらいの楽曲すべてが作曲者を伏せた状態で公開され、リスナーは情報やバイアスが極限まで削がれた状態で音楽を聴くことができるという、ありそうでなかなか無い面白い企画。
純粋に音楽を楽しむために、MVにも「白背景に歌詞のみ」というルールが設けられています。こんなこというと主催者に怒られそうですけど、なんか一蘭みたいなコンセプトですね。
わたしが投稿したのは『告白』という楽曲。かなりシンプルなギターロックです。
これを制作する直前にYAMAHAのRevstarというギターを買いまして、これがかなりわたしの好きな音を鳴らしてくれるので、このギターの音を際立たせるために一切の凝った装飾を排した曲にしました。中高生の3ピースバンドが演奏できるくらいのシンプルさ。
この「ギターの音の良さ」へのこだわりが、リスナーにしっかり気付いてもらえたのが最高に嬉しかった。ていうかこれが無色透名祭の良さなんだろうなと。本当にちゃんと音に集中して聴いてくれる。味集中カウンターじゃん。
『告白』というタイトルの通り、歌詞も「正直に打ち明けること」をテーマにした内容になってるんですが、白背景に文字が浮かんできた時、あえてギョッとするような言葉をいくつか使ってます。「立ちんぼ」とか「頭ン中に飼ってるバケモン」とか。
ときに正直であることは暴力性の発露でもある、とわたしは考えているので、それが伝わるような曲になっていればいいなと思います。
『告白』はもうちょっと曲をアレンジして、簡易的にですがMVも作って年内にYouTubeにアップする予定です。改めて聴いてくれたら嬉しい!

コミティアと無色透名祭という2つのイベントに同時期に参加できたことは、わたしにとってかなり良い経験だった。
コミティアでは、自分がいいと思うものをしっかり作りさえすれば、わたしの名前も顔も知らないたくさんの人たちが、わたしの作品に興味をもってくれるのだということを実感できた。
無色透名祭では、再生数・いいね数・コメントという形で、わたしの作品が「いい音楽」としてまっすぐ評価されているということを確認できた。
わたしのことを知らない通りすがりの人たちが、わたしの作ったものに何かを感じて足を止め、手に取り、そこから何かを持ち去っていく。
わたしがここにいる意味を信じられる唯一の手段としての創作。その原初のよろこび。
ここ数か月、在宅仕事しながらコミティアと無色透名祭の制作に追われて、ずっと孤独に部屋の中で苦しんでいたけど、自分のやったことにはそれだけの価値があったんだなって思う。
わたしの人生はあと10年くらいで孤独に終わっていくだろうなという予感に満ちているけど(若くもないし精神も身体もボロボロだし)、こうやって、通りすがりの人たちがわたしの残したものを本棚や大脳皮質の片隅に押し込んでいてくれればそれでいいんだ。
いつか思い出して、これ誰のものだっけ?ってなれば。
それがわたしの墓だし、遺骨だし、幽霊。
言うこと、述べることは、自ら死すべきものとして身を投げ出す(横たえる)ことであり、そのときいまだ語られない、語られるものたちはそのまま、集められ、そこに保護される(匿われる=隠される)。すなわち言うことは、自ら顕わにして、かえって手つかずのものたちをあるがまま匿う。見える言葉、聞ける言葉は死すべきものである。その言葉に託し語られている(=匿われている)ところのものは、姿を現さず(目でも見えず音としても聞けず)、ゆえにあるがままの生をとどめ、そこを行き交う。
