イエリ流学問のすゝめ|字が下手なのは、「見る力」が足りないから?
学びに必要な力として、「聴く」「見る」「話す」「書く」「読む」の五つがあります。この中で「聴く」と「見る」は、情報を受け取る力。「話す」「書く」「読む」という力を支える、いちばん下の土台です。
これまで私は、「聴くこと」の大切さを繰り返しお伝えしてきました。今回は、その対となる「見ること」に目を向けます。
ただし、ここでいう「見る」は、目を開いて対象をながめることではありません。育てたいのは、「見える力」ではなく、「意識して見る力」。そしてこの力こそが、やがて「書く力」へとつながっていきます。
(1)「見える」と「見る」はまったく違う
私は以前、網膜剥離の手術を受けたことがあります。術後しばらく、片方の目だけで生活した時期がありました。距離感がつかめず、階段を降りることも、一歩を踏み出すことさえ怖く感じたのです。
それまで無意識にしていた「見る」という行為が、脳が多くの情報を処理して初めて成り立っていた——そのことを、身をもって知りました。
この経験は、子どもたちの学習にも重なります。
授業中、教師はよく「見なさい」「聞きなさい」と言います。しかし、黒板に顔を向けていても、頭の中で情報を処理していなければ、それは「見えている」だけで、「見ている」とは言えません。
育てたいのは、目を向けることではなく、意識を働かせて情報を読み取る力。すなわち「視覚認知」の力です。
(2)日本語が教えてくれる三つの「みる」
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