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【理不尽仕事論】ムカつく上司も所詮人間

たぶん現代人は、賢くなりすぎた。
だから、生きづらくなった。


昔はもっと単純だった。会社に入って、理不尽に耐えて、出世して、家を買う。人生の正解レールがあった。でもその物語は崩壊した。終身雇用も年功序列も壊れ、「独自の市場価値を高めろ」「Willを持て」「好きなことで生きろ」という自己責任オープンワールドが始まった。

結果どうなったか。

転職サイトを開きながら、「自分って何したいんだろう」と悩み、YouTubeで“好きなことで生きる方法”を見て、最後におすすめ表示されたメンタリストの切り抜きでさらに不安になる人間が大量発生した。ただでさえ人は【現状維持バイアス】で動けないのに、「本当にやりたいことを見つけなきゃ」という暗黙のプレッシャーに押し潰され、生物学的な特性との狭間で葛藤している。それが現代の我々である。

そんな時はこれ!
『理不尽仕事論 「クソが!!」と思った時に読む本』
坂井 風太 (著), ぐんぴぃ (著)

本書『理不尽仕事論』はそんな現代的な悩み・病に対して、「それはあんたの意志が弱いからではない」と言ってくれる。「どっちかと言うと人間そのものがそういう生き物だ」と解体してくれる。

今日はこの『理不尽仕事論』から、坂井風太さんが紹介してくれる様々な心理学用語や、文化人類学的知見を用いて、(探偵ナイトスクープかのように)複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に究明する。



会社は生きづらい

ロールモデルストレス

あなたの会社にも必ずいるだろう。「俺の若い頃はもっとキツかった」おじさん。前職にも晩夏のカメムシくらい大量発生していた。

  • 新人が定時で帰ると、若干口角が下がる先輩。

  • 新人がChatGPT使って効率化してると微妙な顔になる係長。

  • 「若手時代は終電まで飲みに付き合わされるのが当たり前だったのに、今は楽だねえ」とぼやく課長。

  • 有休使う部下に「いいご身分だな」と冗談っぽさと嫌味半々で言う部長。

あれ、単なる性格の悪さではなく

【ロールモデルストレス】

という現象で説明できるらしい。

自分が耐えてきた苦労を、“意味あるものだった”と思いたい。“あの理不尽には意味があった”と思わないと、自分の20代が報われない。過去の苦労をショートカットされると、「俺が徹夜で作ったあのExcel地獄なんだったん?」って気分になる。「俺なんか子どもの運動会も行けなかったのに」という、“未回収の人生”に怒りを覚える。

だから後輩が楽そうにしてると嫌味を言う。だって、自分が耐えてきた意味が崩壊するから。結果、「お前も同じ苦しみを味わえ」という、“地獄のサブスク継承システム”が始まる。だいたいのおじさんって、このような“未消化の痛みのバトンパス”を繰り返す性質なのだ。


仮想的有能感

そしてたいだいの人間は、自分が欲しかったものを持ってる人を攻撃する。それは、他人を見下すことで自身の有能さを保持する

【仮想的有能感】

である。

  • SNSで成功者に「考えが浅い」とか「なんか薄っぺらい」とコメントしてる人は、本当は人気者になりたかった側なのだ。

  • 職場にいる「最近の若者は努力しない」と怒ってるおじさんも、昔「もっと努力しろ」とシバかれてきた側だったりする。

  • バチェロレッテ参加男性に「こんな奴がモテるわけないだろ」とブチギレてる男性はだいたい過去蔑まれてきたので、“モテ”にめちゃくちゃ執着してたりする。

つまり怒りとは、感情ではなく“過去からの執着”なのだ。現代社会はこの、“傷ついた人間の復讐戦”によって生きづらさが助長されている。


投影性同一視

さらに暴走すると、自分の中にある嫌な部分を他人に映し出す

【投影性同一視】

になる。

  • 「お前の話ってわかりにくいな」って異様にキレてくるおっさんは、確実に過去に「お前話わかりにくいんだよ」って上司にボロカス言われた側である。

  • 「近頃の子って承認欲求強いよね〜」と冷笑するおっさんも、実は自分も“認められたい欲”を強く抑圧しているだけだ。

認められたい自分を認めたくないから、堂々と承認を求めてる人を見るとムズムズする。「俺は改善したのに、お前はなんでできない?」という風に自分の努力を正当化したいから、必要以上に攻撃的になる。人類は自分との戦いを他人に投影してるだけだったりする。


帰属バイアス

そして会議。日本企業の会議ってまあまあな頻度で

【帰属バイアス】

の品評会になっている。

  • 部下が営業数字を落とした時は「気合いが足りない・当事者意識が低い」と言うのに、自分の案件が失敗した時は「市場環境とタイミングが悪かった」と説明し始める上司。

  • 新人がミスすると「最近の若い子は考えが浅い」と世代論に持っていくのに、ベテランが同じミスすると「いや〜最近業務量増えてるからね」で済まされる職場。

人は、自分と近い属性には事情を考慮し、遠い属性には人格責任を押し付ける。他人のミスは「自己責任」、自分たちのミスは「環境要因」。だいたいの会議で起きてるのは、「再発防止策を考えよう」という改善ではなく、「誰が悪かったの?」という犯人探し。小学校の終りの会みたいな空気になる。社会人10年目くらいになると、会社とは適当な認知が正当化された空間であり、おっさんとは感情を隠してるだけの子どもだと気づき始める。


正常化・ノーマライゼーション

でも本書が良いのは、「人間って醜いよね」で終わらないところだ。ちゃんと救済ルートもある。例えば

【正常化・ノーマライゼーション】

「こんなことで悩んでるの、自分だけじゃない」と思えるだけで、人はかなり生きやすくなる。著者のぐんぴぃ氏は、交通事故の影響で歩き方にコンプレックスを持っていたが、相方の土岡氏に「歩き方なんて、みんな変ですよ」とサラッと流されたことで、「そんなもんか」と思えてコンプレックスに感じなくなったそうだ。僕自身も“内向型”の性格にコンプレックスを持っていたが、ネットを覗けばいるわいるわ、内向型の奴隷たちが。その瞬間、内向型とかどうでもいいわと思えた。
逆に危ないのは、「全部自分の力でここまで来た」という過剰な自尊心。

  • 「俺は自力でここまで昇りつめた」が口癖の部長だが、実は景気や会社のブランド力という環境バフのおかげだったりする。

  • 飲み会で「最近の若い奴は打たれ弱い」と語る役員も、実は昔の上司が全部守ってくれてた“昭和のぬるま湯出世コース”だったりする。

人は自分でやれてる感が高まりすぎると、簡単に他人への感謝を失いモンスター化する。管理職が説教臭くなるのは、たぶんこれ。


過剰適応

そして現代人を最も縛ってるのは、能力不足ではなく

【過剰適応】

かもしれない。

「嫌われたくない」「ここで居場所なくなったら終わり」という“見捨てられることへの不安”で、空気を過剰に読むって誰にでもあると思う。その“空気読める人”ほど壊れやすい。

  • 本当はキャパオーバーなのに、「大丈夫です!」と言い続けて仕事を抱え込み、ある日突然メンタルが折れる事務職。

  • 上司の雑な冗談にも毎回愛想笑いし、飲み会も全部参加するけど、帰宅後は虚無の顔でショート動画見ながらコンビニ飯食ってる若手。

  • 会議で明らかに「それ違うだろ」と思ってるのに、一切反論できない中堅社員。

その過剰な適応が、うつ病だったりに向かわせる。そう考えると、「反抗期がなかった良い子」とかいうのも、よく考えたら怖い。ただ“親に捨てられないよう最適化された人格”だった可能性だってあるからだ。


燃え尽き症候群

そして真面目な人ほど

【燃え尽き症候群】

になる。

  • 「頑張ってるのに前進感がない」という情緒的消耗

  • 「他人への配慮が消える」脱人格化

  • 「自分なんか意味ない」という個人的達成感の低下

この三連コンボで、人はいとも簡単に闇堕ちする。さらに残念なことに、次は、“挑戦者を冷笑する側”に回ってしまいがち。HUNTER×HUNTERのトンパである。夢を諦めた人間ほど、新人潰しに没頭する。


心理的特権意識

一方でいつの時代も、人は権力を持つと身を滅ぼす。

【心理的特権意識】

だ。「自分は特別扱いされて当然」と思い始める。すると他人を“人”ではなく“リソース”として扱い始める。

  • パワハラ上司も、

  • OB訪問と称して学生を食い散らかす人事も、

  • 女性起業家に夜2人きりで事業のアドバイスしようとするエンジェル投資家も、

「自分にはそれをする権利がある」という幻想に酔っての失態だ。


美徳シグナリング

そういう人ほど

【美徳シグナリング】

を始めることも示唆されている。自分が道徳的・倫理的に優れた人間であることを公にアピールし、善良さや高い道徳観を誇示する行為。そういう人に限って、「社会のため」「若者の成長のため」と言いながら偽善行為に走る。

  • 多様性を尊重してるやつに限って、裏アカ持っててネチネチ叩いてる。

  • スマホの待ち受けが家族写真の人ほど、裏で不倫してる。

  • 人道支援してるやつほど、裏で流星街の子どもを人身売買してる(HUNTERXHUNTER)

利他を声高に語る人ほど、裏で欲望が暴れてる証拠ってことだ。


ブリリアントジャーク/ダークトライアド

あと職場に必ずいる、“優秀だけど絶対飲み会来てほしくない人”。本書では

【ブリリアントジャーク】

と呼ぶ。ブリリアントジャーク=輝かしい邪悪。HUNTERXHUNTERの技名みたいだ。

仕事の能力は高いが、性格や協調性に難があり、周囲に悪影響を与える嫌な奴をさすブリリアントジャーク。これは「他人から立派な人と思われたい」ナルシシズムと、「他人を騙してでも目的を達成してやる」というマキャヴェリアニズムと、「人の気持ちなんてどうでもいい」というサイコパシーの暗黒三角形が織りなす

【ダークトライアド】

という概念で説明できる。成果は出す。でも近くにいると全員病む。現代企業、かなりの割合で“人格破綻者の突破力”によって回っている側面がある。このダークトライアドを形成するブリリアントジャークに対抗するためには、“ウルージの因果晒し”が効果的と説く。やられた証拠をとっておき、何かあった時にファクトとして見せろ!ってことだ。

ウルージ「ずいぶん痛めつけてくれなさったな…さっきまでの私とは思いなさんな!!」

尾田栄一郎『ONEPIECE』第509話(ジャンプ+版, 位置No.7/25 より引用)

現代人を蝕む呪い

目的の呪い・効率の呪い・俯瞰の呪い

そんな現代人を最も蝕んでるものに目を向けてみよう。

【目的の呪い】【効率の呪い】【俯瞰の呪い】

である。

  • 【目的の呪い】:「なぜそれをやるの?」を聞かれ続けるので、ただ好きだからでは許されなくなる。

  • 【効率の呪い】:「それ何の役に立つの?」と問われるので、無駄や寄り道を楽しめなくなる。

  • 【俯瞰の呪い】:「で、その先何がある?」と欲望の果てを客観視できすぎて、何にも没頭できなくなる。

情報が増えすぎた結果、人類は行為そのものの社会的意義を語らざるを得なくなった。コスパとタイパだけを追求するマシンになった。欲望を冷笑する能力だけがカンストしてしまった。タワマン住みたい→で、住んでどうなる? 有名になりたい→で、その先は? 恋愛したい→どうせ別れるでしょ? みたいに、欲望が生まれた瞬間、自分で自分にネタバレしてしまう。現代人は賢くなりすぎたせいで、何かに没頭する感覚を失っているみたい。


メリトクラシー

しかも社会は

【メリトクラシー】

つまり“能力主義”を信仰している。

しかもよ。「コミュ力」「問題解決力」「主体性」「人間力」。全部、ふわっとした概念で人を査定しすぎる。特に人間力。いや、人間である力って何なんだよ。みんなあることない?ここで『人志松本のゆるせない話』で昔、バカリズム氏が『食パンの思い上がり』という話をしていたことを思い出した。あんパンはあんが入ってるからあんパン。クリームパンはクリームが入ってるからクリームパン。でも食パンは、食べられるパン。…いや、全部食べられるだろ。食パン思い上がるな、と。人間力もかなりこれ味がある。でも、こういう曖昧な言葉ほど重宝される。定義が曖昧であるほど、後からどうとでも評価できるからね。
能力って本来、状況とか環境に依存するものなのにね。「能力×環境・状況」が、本来の能力査定に用いられるべきだ。でも現代社会は魚に木登りさせて「お前は努力不足だね」って言ってるようなものだ。会社に適応できなかったら無能扱い。そりゃ、生きづらい人も増えるわ。


適応的諦観

だから重要なのが

【適応的諦観】

だと語られる。

「そっち無理なら別ルートで良くね?」という、“しなやかな諦め”。とかく現代人は「夢を降りる=敗北」だと思いすぎてる。諦めるのが下手すぎる。「負けないで」とか「夢を諦めないで」って歌うJ-Popの影響かもしれない。実は、“執着の形を変える適応力”の方が重要だったりするのに。本当に欲しいのは、お金ではなく自由かもしれないし、承認ではなく安心かもしれない。なのに人は、“手段”を“目的”だと思い込んだまま走り続けちゃうから、「知らぬ間に築いてた自分らしさの檻の中でもがいてる」んよ。やっぱJ-Popって偉大すね。


衝動

でも本来、人を動かすのは合理性ではない。

【衝動】

だ。

現代人はとかく、情報を集めすぎている。転職する前に口コミを見る。恋愛する前に失敗談を見る。起業する前に撤退事例を見る。SNSには、成功者のライフスタイルも、失敗パターンも、“人生のネタバレ”が全部転がっている。だから人は、「で、その先どうなるの?」を先回りしてしまう。でも本来、人生を変える瞬間に必要なのは情報ではなく、“衝動”だったりする。

「なんかわからんけど気になる」「理由は説明できないけど惹かれる」みたいな、“言語化される前の心の動き”を衝動(emotion)と言う。一方で感情(feeling)は、その衝動を後から「これがやりたい理由です」と、社会的に説明可能な形へ言語化したものだ。現代社会は、感情の説明ばかり求める。「志望動機は?」「なぜそれをやりたいの?」。“説明できること”だけを正しいものとして扱う。結果、人は“衝動”ではなく、説明可能性で人生を組み立て始める。

本来人間の衝動って“やってみた後”に育つことが多い。『有機的統合理論』でも、人は最初から強い内発的動機を持っているとは限らないと言われる。むしろ、「やってみたら褒められた」「続けてたら得意になった」「誰かが喜んでくれた」ことで、後から熱が宿る。なのに、内発的な動機に従えって言説は「運命の仕事」と出会う前提で動かせる。そんなもの、大体あとから意味づけされるのに。

だから初期衝動を抑えすぎない方がいい。「なんか好き」「ちょっと気になる」「意味わからんけど惹かれる」人生、だいたいそこから始まる。


さて、『理不尽仕事論』の解説、いかだったろうか。単に「理不尽を攻略する本」ではない。この世は理不尽さにまみれてるという諦め込みで、それでも衝動に遭遇する前提で生きろ、という本である。

現代社会は生きづらいのが正常。それでいい。

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