【第十話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【I Want It That Way / BACKSTREET BOYS(2001年)】
2001年、僕は中学2年生に進級した。
あの頃の僕は、いい意味でも悪い意味でも炎上(燃えて)していた。
それでも、語らなければならない「黒歴史」がある。
「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、実際僕にとってはシンプルで、音楽と共に過ごした時間こそが青春だ。
気がつけば、「青春時代」ももうすぐ折り返し地点だ。あの時の僕は、「このままでいたい自分」と「変わりたい自分」の狭間で揺れていた。
そう、僕は懐古厨だ。
でも、この懐古があるからこそ、今の僕があるのだと思う。
懐古厨のゆとり世代と、この気持ちを分かち合うために、このnoteを書き上げる。
僕はこうありたい
2001年。
中学2年の美術室には、CDコンポが置かれていた。
美術教員の計らいで、授業中に生徒たちの好きなCDを流してもいい、という謎文化が存在していた。
そのときよく流れていたのが、BACKSTREET BOYSの「I Want It That Way」。
もちろん当時の僕は英語が分からず、
「ヘミワイ?」と、謎のカタカナ英語を口ずさんでいた。
そして、英語の歌詞を調べてノートに書き出し、和訳する。当時は電子辞書なんて持っていないから、紙の辞書頼りだ。
熱心に調べたけれど、直訳とニュアンスの違いに阻まれ、歌詞の意味は理解できなかった。
未だに英語の歌詞を参照してもわからない部分があったので、「I Want It That Way」について今の時代っぽくChatGPTに聞いてみた。
歌詞全体としては、恋人同士のすれ違いや誤解を描きながらも、
「離れていても心はつながっている」
「君と同じ“あり方”でいたい」
という切ないメッセージソングです。
日本語で自然にするとしたら、
「僕はこうありたい」「僕は君の望む形でいたい」
くらいがしっくりくると思います。
「僕はこうありたい」で思い出したエピソードがある。
僕の中学校では、毎年秋の文化祭で演劇をする。
確か、中学2年生の時の演目は「グッドバイ・マイ」というものだった。
当時、僕らの担任は演劇部の顧問。そのため、学生演劇の作品から演目が選ばれたというわけだ。
内容は割愛するとして、僕は音響担当になった。
音響担当は何人かいたが、真面目にやっていたのは僕と同級生の実質2人。同級生とともに、世界観に合う音楽を探求していた記憶がある。
演目が“人間誕生前の物語”だったため、「ファンタジー要素が感じられる曲がいいよね」とか「大人しめな音が合いそう」とか語り合った結果、2人の共通点である「ゲーム音楽」がいいのでは?と認識をすりあわせた。
そこで、僕が当時ハマっていた「ファイナルファンタジー4」(プレステ版リメイク)の音楽がいいのでは?と同級生へ提案しその音源を持ってくることになった。
僕は自宅に帰り、カセットとマイクでオープニング音楽を録音した。
次の日。僕たちは演目に合わせてFF4の音楽を流した。
一通りあわせてみたところ、少し古めかしさはあるものの、劇の雰囲気にマッチしていると思った。
ところが同級生から一言。
「……それ、しょぼくない?」
その次の日、同級生は当時の最新作「ファイナルファンタジー10」の生音源を持参し、舞台袖から流したのだ。
※2001年に発売されたRPG。当時の僕らにとっては“ゲームの域を超えた映像美”と“名曲の数々”で話題になり、まさに時代の象徴だった
クラスのみんなから大絶賛される同級生を尻目に、僕はなんとも言えない気持ちで佇んでいた。
敗北を認めたくなくて、「もうやらない!」と言い放ち、その場を立ち去った。
今思えば、著作権うんぬん以前に「作品を一緒につくる仲間への配慮」が完全に欠けていたのだと思う。
当時の僕は、自分の趣味を押し通すことばかりで、みんなの意見に耳を傾けていなかった。
結局、同級生の大人の配慮により音響担当に復帰した僕は、当日の運営も何かしら任せてくれた。
「こうありたい」と思っても、上手く行かないことはよくある。
大人になればわかる現実の厳しさを、僕は身を持って経験したのだった。
千と千尋とクレしん
当時、世間で流行っていた映画が2つある。
1つ目は「千と千尋の神隠し」だ。確か、近所のシネコンで従兄弟とともに観た。
当時の僕はジブリ作品に疎く、ストーリーを深く理解できなかった。むしろ給食を食べながら「アッ…アッ…」とカオナシの真似をしたり、「銭婆かよ!」と友達にツッコミを入れたりと、笑いの要素として活用したことが多い。
2つ目が「クレヨンしんちゃん 大人帝国の逆襲」だ。
確か、映画公開前にクレヨンしんちゃんの再放送がやっていて、やたらと小林幸子の曲を聞かされた記憶がある。
※従来の物語とは一線を画す話で、子どもと一緒に映画を観た大人が号泣する事案が続出した。
大人が子どもたちを放置して、子ども時代に嗜んだ遊びをする。その大人たちを正気に戻すために奮闘する子どもたち。
そして、自分の足の裏の臭いをきっかけに記憶を取り戻すひろし。当時もこのシーンは印象深いものだったが、ひろしが子どもの頃の記憶を振り返りながら大人になり、今を生きて行くという場面は、大人になってからこそ刺さるものがある。
時代背景こそ違えど、僕もこのnoteでひろしと同じように過去を振り返っている。そういった意味では、あの頃観た映画が未来へ繋がってたのかもしれない。
中2の遊び
中2の僕らでの日常遊びのといえば、ドロケーにゲーセン・カードゲームだった(本当に中2なのか…?)。
進級に伴うクラス替えで、僕は陸上部よりの同級生より、ソフトテニス部よりの同級生と仲良くなっていた。
その友達とは、よく昼休みにドロケー(地域によってはケイドロ)で遊んでいた。
広大な校舎いっぱいをつかって逃げる・捕まえるを繰り返していた。
それに飽き足らず、部活終わりの土曜午後から大きめの公園でドロケーをしたことを記憶している。
これは僕の発案で実現し、企画や日程・ルールの整備など調整の楽しさを学んだことを覚えている。
そして、ドロケーに飽きたあとはゲーセンによく通っていた。
ゲーセンといっても、格ゲーやメダルゲームではなく、カーゲーム「スリルドライブ2」というアーケードゲームが流行っていた。
※「無事故無違反でゴール」よりも、「どれだけ盛大に事故れるか」が楽しいカーゲーム。信号無視、玉突き事故、電車との正面衝突までアリで、事故った時の悲鳴と救急車のサイレンがリアル。
中学生の僕らにとって「スリルドライブ2」は、公道の危険を“笑い”で学ぶシミュレーターみたいな存在だった。
わざと事故って炎上し、その度に笑いあっていた。
最後の思い出はTCGだ。僕たちは当時、「マジック:ザ・ギャザリング」(以下「マジック」)にハマっていた。
※1990年代から世界的に広まったカードゲームで、2001年当時「遊戯王」と双璧をなす存在だった。
2001年、僕らのまちにあったディスカウントストア内に、カードショップが爆誕した。
シングル買いがまだ普通でなかった時代。当時のマジックは1パック500円と、中学生のお小遣いで全ての必須カードを揃えるのは困難だった。
僕はというと、限られた財源でカードを揃えていた。しかし、マジックを一緒に楽しんでいた友人は違った。金に物を言わせて、パックをまとめ買いしていた。
その友人のパックの買い方は異常だった。「大量のパックを買うのは恥ずかしい。一万円渡すから、代わりに買ってくれないか」と懇願され、何度か買ったことを覚えている。
友達はレアカードだけ抜き取り、残りのカードを僕に譲渡してくれた。
そして、カードショップでは中学生限定の大会が開かれる。僕は、寄せ集めデッキで準優勝した。
しかし、次の週の大会(大人も参加)で、当時の環境デッキを使っていた大人に、僕の寄せ集めデッキは火だるまにされた。これがお札の力か…と子どもながらに悟った
黒歴史と青春は表裏一体
今振り返れば、この頃の僕は子どもと大人の狭間にいた。
けれども、当時の僕は変化を恐れていた。
子どものままでいたい僕と、大人になりたい僕。
「I Want It That Way」を聞くと、あのときの「これでは良くない」という葛藤が蘇る。黒歴史と青春は表裏一体なのかもしれない。
#ゆとり世代 #平成の思い出 #中学生の日常 #青春と黒歴史 #BackstreetBoys #IWantItThatWay #FF10 #千と千尋の神隠し #オトナ帝国の逆襲 #スリルドライブ2 #マジックザギャザリング ♯ゆとり世代青春記録
