【第一話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【愛しさと せつなさと 心強さと/篠原涼子(1994年)】
不確実な令和の今だからこそ、あのころの青春時代を思い出す。
「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、実際僕にとってはシンプルで、音楽と共に過ごした時間こそが青春だ。
僕は平成という時代に学生時代を過ごした。
そのすべての場面に、流行っていた曲や友達と口ずさんだメロディが流れていた。
だから、僕にとって「青春」を語るなら、平成の音楽とそのときの思い出を一緒に語らなければならない気がする。
こんな経験はないだろうか。
まちで、YouTubeで、時折流れる平成のJ-POPであの時過ごした青春が思い返されることが。
無性に1990年代、2000年代のヒットソングが聞きたくなり、YouTubeを検索することが。
そう、僕は懐古厨だ。
でも、この懐古があるからこそ、今の僕があるのだと思う。
懐古厨のゆとり世代と、この気持ちを分かち合うために、このnoteを書き上げる。
時は遡り、1994年ーー
第一話
愛しさと せつなさと 心強さと/篠原涼子
あの頃、テレビや車のカセットテープからよく流れていた「愛しさと せつなさと 心強さと」。
ストリートファイターⅡの映画タイアップで、確か家族で一緒に見た記憶がおぼろげながらある。リュウやケンの名前が違ったり、ガイルがやたら推されていたりしていた。
映画を見たあと、僕も波動拳を出そうとスーファミのコントローラを握りしめていた。しかし、まだ幼少の僕には、波動拳を始めとした技のコマンドを理解できていない。
そのため、コントローラをガチャガチャして無理矢理波動拳をだしていた。あとは強キック連打。ストⅡのあとにはよく指にタコができていた。
そんな記憶とともに、僕の小学校生活が幕を開けた。
このころ流行っていたもの
そんな格ゲーブームの熱気の中、もうひとつ僕らを夢中にさせたのが――ドラゴンボール超武闘伝2だ。
ある日、ある友達から「ブロリー」の出し方について知ってると話を聞き、みんなで友達の家に集結した。
複雑難解なコマンドを入力すると、テレビ画面から流れる「カカロット」の声。
そうすると、キャラクター選択画面でブロリーが選択できるようになるのだ。
ブロリーで戦えるようになった衝撃は大きく、みんなから羨望の眼差しをうけていたことを記憶している。
※ネットのない時代、裏ワザを知っている友達はヒーローのように扱われる。
早速家に帰り、我が家でもブロリーを出すべくコマンドを入力するも、うんともすんともいわなかった。
友達から教えてもらえなかったのか、はたまた教えてもらったが出せなかったのか。どちらの理由かは定かではないが、我が家でブロリーを選択する機会は訪れなかった。
また、この頃のドラゴンボールはセルゲーム終盤からブウ編のあたりで、僕も毎週水曜日は欠かさず見ていたし、単行本も買っていた。
当時の僕の家にはドラゴンボール1巻から16巻、そして31巻から38巻。本棚にはなぜか歯抜けのラインナップが並んでいた。
なぜ飛び飛びに揃えているのかというと、ドラゴンボールの再放送をみて、はじめから揃えたい気持ちと、アニメの最新話に追いつきたいという気持ちがごちゃごちゃになった結果、ナメック星編の話が抜けているのだ。
結局、我が家のドラゴンボールは全巻揃うことなく、ドラゴンボールは完結した。
引っ越しと転校
小学1年生の冬。団地からマンションへ引っ越した。
前より部屋が広くなって、暮らしは快適になったけれど、それ以上に胸を占めていたのは「学校が変わる」ということだった。
引っ越す直前、クラスのみんなが僕のために「一言メッセージ」をスヌーピーのノートに書いてくれた。
一番気になるのは、幼馴染の女の子の言葉。ドキドキしながらページをめくると、
「たくさん喧嘩したね。けど楽しかったね」というメッセージがあった。
その一文だけで胸がいっぱいになった。幼いながらに、これが“特別な感情”なのだと、どこかで感じていたのかもしれない。
新しい学校では、朝の会で「月ごとの歌」をみんなで歌う習慣があった。
僕が転校してきた2月の歌は「気球にのってどこまでも」。
転校した初日、自己紹介後にお前も歌えや、のノリで急に音楽が流れ戸惑った記憶がある。
初めは歌えなくて、みんなの声の中で小さく俯いていた。けれど、日が経つにつれて少しずつ口ずさめるようになり、家で鼻歌交じりに歌っていた。そうこうしているうちに、自然とクラスに馴染んでいった。
――恋しさ、せつなさ、そして心強さ。
曲のタイトルが示すように、あのころはすべての感情が入り混じった時間だった。
別れと出会い、初恋の余韻と新しい環境の緊張。小1の僕はまだ「青春」という言葉を知らなかったけれど、今振り返ると、あの時の小さな僕は、知らないうちに“青春の入り口”に立っていたのかもしれない。
次回、小室ファミリー全盛期の1995年に続く。
もしこの記事を読んだあとに「愛しさと せつなさと 心強さと」を聴きたくなった方は、ぜひこちらをどうぞ。
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