【第十二話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【世界に一つだけの花 / SMAP(2003年)】
2003年春、僕らは3年間の中学生活を終えた。
今振り返ると、当時は同級生との性格や成績、記録を比較するたびに落ち込んでいた。「どうしてこうも比べ」ていたのか。
「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、実際僕にとってはシンプルで、音楽と共に過ごした時間こそが青春だ。
「世界に一つだけの花」を聞くたびに、当時のやるせない気持ちを思い出す。僕にとってのオンリーワンは何なのだろうか。
そう、僕は懐古厨だ。
でも、この懐古があるからこそ、今の僕があるのだと思う。
懐古厨のゆとり世代と、この気持ちを分かち合うために、このnoteを書き上げる。
世界に一つだけの花と卒業式
「世界に一つだけの花」は、ドラマ「僕の生きる道」の主題歌だ。当時、冬クールに放送されていたこのドラマは、中学生の僕達の心を掴んだ。
※草彅剛主演、今まで虚無の教師生活を送っていた主人公が余命宣告されたことを機に、自分の生きる道を改める話。当時の矢田亜希子が美しすぎることは、あまりにも有名である。
物語が進むにつれて、「世界に一つだけの花」とドラマの世界観がマッチし、受験が終わり安心しきった教室中で話題は持ちきりとなっていた。
そんな中、卒業式の合唱曲に「世界に一つだけの花」が採用された。受験という「比較」を終えた僕達は、限られた中学生活を「世界に一つだけの花」の合唱練習に費やした。
そして、卒業式。僕達の中学校では「世界に一つだけの花」と「旅立ちの日に」を合唱し、卒業した。
そして、卒業式の日に1枚のCDが卒業生に渡された。それは、1年生から3年生の間に音楽祭で披露した合唱曲が詰め込まれたCDだった。
※僕の通っていた中学校では毎年秋に音楽祭が行われ、クラス単位で合唱を披露していた。1年生の頃は、いわゆる合唱曲を選曲しているのだが、上級生がほぼ100%J-POPのアレンジ曲を披露するため、2年生以降はみんなJ-POPに切り替わるのが常だった。
「こんなCD誰が聞くのかよ」と当時の僕は思っていた。しかし、確か卒業してから10年後くらいに、ふと思い立って再生した記憶がある。安室奈美恵の「NEVER END」や、ゆずの「友達の唄」などの歌声とともに、あの頃のクラスメイトや思い出が一瞬にして蘇ってきたのだ。
今振り返ると、合唱曲のCDは僕のnoteの原点になっているのかもしれない。
ケータイデビュー
中学卒業のタイミングで、ついに僕も携帯電話を買ってもらえた。
当時の僕は写メを撮りたかったという理由で、「J-PHONE」を選択。
※今では「SoftBank」となってしまったが、当時のキャリアは「docomo」「au」そして「J-PHONE 」の3択だった。キャリアごとに絵文字の仕様も微妙に違っていて、メールが文字化けすることもよくあった。機種ごとの世界観がバラバラで、それもまた“ガラケー文化”の一部だった。
当時のケータイ事情を思い返すと、早い人は中1から持っていた。僕はだいぶ遅れて、このときがケータイのスタート地点に立ち、ようやく“仲間入りできた感”があった。
当時のケータイといえば、メールアドレスは「名前+誕生日」にしがちで、僕もしばらくそうしていた。
赤外線なんてまだなかったから、電話帳の登録はワン切りでやり取りして、アドレス交換は全部手入力。そのため、アルファベットや記号を1つでも間違えると詰んでしまっていた。
着メロはメールと電話で別々に設定していて、僕はといえばルパン三世のテーマをメール着信に設定。マナーモードにはせずに、ルパン三世のテーマが鳴るたびにウキウキしていた記憶がある。
そして、卒業間近には「もう会えないかもしれない」と焦って、クラスメイトのアドレスを必死に登録しまくった。けれど、別々の高校に進学すると、ほとんど連絡を取らなくなった。結局、アドレス帳の大半は“使われないまま”眠ることになった。
それでも、アドレスを一生懸命打ち込んでいた時間は、確かに青春のひとコマだったと思う。
高校受験と人生初の救急車
話は遡り、2003年の受験シーズン。僕は第1志望の推薦入試に挑んでいた。
担任の先生からは、「内申点的に厳しい」と言われていたが、チャレンジする気持ちで受験。
面接の最後で「何か伝えたい事はありますか」と質問され、気持ちが先走ってしまい「僕をこの学校に入れてください!」と懇願。そして当然の落選。
このエピソードを推薦で合格していた同級生に話したところ、めちゃくちゃ笑われてへこんだ。
それでも、諦めずに挑んだ一般入試で合格通知をもらったとき、心から安堵したのを覚えている。
中学の卒業式を終え、高校の入学説明会や入学式を控えていたある日。僕は、同級生の住むマンションの共用部分で鬼ごっこをしていた。
僕は高校に合格して気が抜けていたのか、はたまた逃げるのに必死だったのか、フェンスの上から転落し頭を打った。
僕は頭から血が出て、人生初の救急車に乗る羽目になった。救急車のサイレンの中で、「入学式どうなるんだ…?」と考えていた。診察の結果、何針か頭を縫う程度で、結果的に大事には至らなかったけれど、あのときばかりは「最悪の新生活の幕開けか」と不安でいっぱいだった。
僕は、縫合した箇所を保護するネットを着用し入学説明会へ参加。周りから「どうした…?」という視線を集め、非常に恥ずかしかった記憶がある。
「オンリーワン」を胸に抱いて
卒業、そして入学へ。
誰もが新しい環境に飛び込む不安と期待を抱いていた時期に、「世界に一つだけの花」が流れていた。比較することが当然と思っていた当時の僕に、あの歌詞はよく刺さった。
卒業式。みんなが泣きじゃくりながら合唱する中、僕は涙一つ出なかった。
今振り返ると、当時の黒歴史が邪魔をして思い出すことを拒否していたのかもしれない。
今でも僕は、他人と比較して落ち込むことがよくある。あのとき歌った「オンリーワン」という言葉は、僕にとって半信半疑だったかもしれない。
けれども、僕の青春の記憶は「オンリーワン」だ。オンリーワンを胸に、僕はさらなる懐古を続ける決意を固めたのだった。
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