見出し画像

【第十一話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【大切なもの / ロードオブメジャー(2002年)】

2002年。
中学3年生の僕は、「大切なもの」を選択しなければならない時期を迎えていた。

「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、実際僕にとってはシンプルで、音楽と共に過ごした時間こそが青春だ。

この旅が終わる最終話の時には、その答えも見えてくるのだろうか。

そう、僕は懐古厨だ。
でも、この懐古があるからこそ、今の僕があるのだと思う。

懐古厨のゆとり世代と、この気持ちを分かち合うために、このnoteを書き上げる。




初めてのカラオケ


ロードオブメジャーの「大切なもの」は、僕にとって初めてカラオケで歌った思い出の曲だ。
あの頃のクラスメイトに誘われて行った人生初のカラオケ。歌うこと自体が恥ずかしくて、マイクを持った瞬間、心臓が爆発しそうなくらい緊張していた。
でも、勇気を出して「大切なもの」を歌い出してみると、歌っているうちに自分自身も気分が乗ってきた。そして歌い終わると、不思議とスッキリした気持ちになれた。これがカラオケか。

カラオケは初めてなので、当然レパートリーはない。持ち歌がなく困った僕は、次の順番でもまた「大切なもの」を入れてしまった。ヒトカラかよ。
友達から「またかよ!」とツッコまれながらも、大人しく聞いてくれた。結局この曲は、カラオケでスッキリする大切さを教えてくれたとともに、僕の定番曲になっていった。


日韓ワールドカップの熱狂と教室でのリアルな流行


2002年といえば、日本中がワールドカップで盛り上がっていた。放課後、みんなで隠れて教室のテレビで熱狂的に応援していた。
僕らの中学校でも「稲本がすごい」とか「ヒデが上手いんだ」とか、そんな話題で持ちきりだった。
そしてワックスを使ってベッカムヘアー(ソフトモヒカン)を真似する陽キャ勢が続出。
みんなが髪を立てていた中、とあるクラスメイトが「トサカヘアー」で登校。すぐに担任の先生に連行され指導を受けていた。翌日、彼は反省を表すように坊主姿で登校。みんなに頭を触られ、アイドルのようになっていた。

中学生にもなると、髪型やファッションの流行も気になってくる頃だ。

男子の間では、PIKOやタウカン(Town & Country)などのサーフブランドが大流行。みんなが同じようなTシャツ・パーカーなどを着ていた。

女子はといえば、ルーズソックスが主流。制服のスカートから覗く長い靴下をクシュっとさせるのが定番スタイルだった。

そんな中で、男女共通して広まっていたのがスニーカーソックス。
でも、当時の僕にとってそれは「陽キャの証」であり、簡単に手を出せるものじゃなかった。
部活帰りにジャージ姿で普通の白ソックスを履いていた僕からすれば、足首を堂々と出すことができる彼らが、まぶしくて仕方なかったのだ。
結局、僕はスニーカーソックスを履くことなく、中学校を卒業していった。


詰め込み教育からゆとり教育へ


日常生活で大きく変わったのは「教育」だった。
中2のときには、第2第4土曜日に行われて半日授業は完全になくなり、週休二日制が始まった。
また、中3からは、成績の評価基準も相対評価から絶対評価に変わった。
※従来の「相対評価」はクラスの成績分布に応じて決められる仕組みで、たとえテストで高得点でも周囲もできれば「3」や「4」に抑えられた。僕たちが中3になった2002年度から「絶対評価」に移行し、学習到達度そのものを基準にしたものに変わった。これによって、クラス全員が「5」を取ることも可能になったが、実際の運用は学校によって差があったようだ。

僕はといえば、オール3を基準に、体育と美術の「2」を英語と社会の「4」で補っていたタイプ。
絶対評価になったことで、全体的に少し成績は上がっていた。けれど、高校受験を控えた僕は焦りが募っていた。

僕は小6から英語の教室に通っていたが、どうにも数学の理解が追いつかなかった。
「このままではマズい」と思い、友人が通っていた塾に行く決意をした。そのため、自ら「塾に通わせてくれ」と志願した。
しかし、ちょうどその頃両親が離婚し、家計はより厳しくなった。母はそれでも必死に塾代を工面してくれていた。当時の母の給料だけでは賄うことは困難だ。借金をして賄っていたと知ったのは大人になってからだった。
あのときの母の支えがなければ、僕は受験に立ち向かうことさえできなかったかもしれない。今ではただ、感謝の気持ちしかない。

僕は塾に通う同級生とともに猛勉強した。時には友人宅で、時には近所の公民館で。
高校に行ったあと、僕がどうなるか・どうなりたいか当時はよく考えもしていなかった。
ただ、みんなが当然行くからという漠然とした理由で高校受験に挑んでいった。


「大切なもの」は何か


「勉強と遊び、どちらが大切か」
中学3年の僕は、そんな選択を迫られていた。
もちろん遊びたい気持ちもあったけれど、僕は「勉強」を選んだ。
その選択が、今の自分につながっていると、今では確信している。

今もカラオケでこの曲を歌うと、当時の選択の瞬間が鮮やかに蘇る。カラオケで歌った「大切なもの」は、僕にとってただの思い出の曲じゃない。
あのときの選択の象徴であり、今の僕を形作った「青春の証」なのだ。

#ゆとり世代  #ゆとり教育# #ロードオブメジャー #大切なもの  #MAJOR #カラオケ初体験 #ワールドカップ2002 #ベッカムヘア  #サーフブランド #スニーカーソックス #絶対評価 #青春の思い出 ♯ゆとり世代青春記録


いいなと思ったら応援しよう!