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【第九話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【if… / DA PUMP(2000年)】

2000年春、僕は中学生になった。

あの頃を思い返すと、「もしも…」といつも妄想していた記憶がある。
正直言って、僕が中学生時代のことは振り返りたくはない。
人には誰しも「黒歴史」がある。


「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、実際僕にとってはシンプルで、音楽と共に過ごした時間こそが青春だ。

「青春」を辿るためには、自分自身の黒歴史にも触れなければいけない。
「せつない思いは忘れない」のだ。


そう、僕は懐古厨だ。
でも、この懐古があるからこそ、今の僕があるのだと思う。

懐古厨のゆとり世代と、この気持ちを分かち合うために、このnoteを書き上げる。



もしも…僕が陽キャだったら


中学に入学した僕を取り巻いていたのは、DA PUMPの「if…」だ。
当時、陸上部の同級生たちがこの曲をやたらと口ずさんでいた。
掃除用具入れに貼ってある掃除当番表をターンテーブルに見立てて、ビートマニア(BEMANI)リズムにのせて歌うのが定番だった。
いわゆる「陽キャ」な彼らは、クラスの中心。
僕も陸上部のよしみで、最初は仲間に入れてもらっていたけれど、徐々に距離が離れていった。


中でも、陸上部の中心で、クラスヒエラルキー最上位・陽キャの中心人物である彼(仮称:イッサくん)のことをよく覚えている。
イッサくんは足がものすごく速かった。
1年生のころから陸上部のエースで、ユーモアもある。みんなから好かれる存在だった。
そんなイッサくんを尻目に、僕はゆるーく練習を続けていた。
ある日、陸上部の部活終わりに、同級生のなかで「クラスの女子で誰が好きか」という青春の定番みたいな話をしていた。
一人ひとりが思いを打ち明けていく中で、僕の番が来た。
僕は勇気を出して「〇〇さんが気になっている」という話を打ち明けた。
すると、同級生みんなが気まずそうに俯いていた。

そしたら誰かが優しく僕に教えてくれた。
「〇〇さんなら、イッサくんと付き合ってるよ」と。
僕はその瞬間、顔を真っ赤にして逃げ出したくなったことを覚えている。
翌日、部活帰りのイッサくんを見つけると、〇〇さんと仲良く帰宅している姿を目撃してしまった。
見てはいけないものを見てしまった思いと、絶望感に駆られ、僕は急いで家に帰った。

おそらく、この出来事がきっかけで、彼らの円の中での居場所を失ったのだと思う。
その後も、僕が気になっていた女子は、ことごとくイッサくんとお付き合いしていた。
もしも、僕がイッサくんなら――。当時はそんなことばかり考えていた。

「if…」を聴くと、あの時の部活帰りの校舎前と、なんとも言えない空気感――憧れと劣等感が入り混じった自分を思い出す。



ドラクエⅦと終わらない冒険


あの頃の流行ど真ん中は「ドラゴンクエストⅦ」(以下「Ⅶ」)。
僕は小学生からドラクエを楽しんでいたけれど、ナンバリングタイトルの新作をプレイするのは、Ⅶが初めてだった。

プレイした人は分かると思うけど、初めての戦闘に入るまで3時間かかるのは僕にとって衝撃的だった。
※特にストーリーが濃厚で、とにかく長かった。クリアするまで100時間はかかる。それがⅦ。

特に印象的だったエピソードは、ダーマ神殿だ。
負けボス戦が2回もあるのに加え、敵キャラも強い。
たしかボス戦まで何度も全滅した記憶がある。
そして、一番の敵は「フリーズ」だった。
当時のプレステにしては容量が重かったせいか、とにかくよく固まっていた。
そう、Ⅶは、忍耐力を試されるゲームだった。
フリーズにより何度も心が折れかけたが、なんとかDISC2までいった。
確か、ラスボスの「オルゴデミーラ」のいるダンジョンの手前までいったけど、そこで弟が僕の目の前でクリアしてしまい、萎えてやめた。
当時の僕は、熱しやすく冷めやすいタイプだった。

ドラクエは今でも好きだし、Ⅶはリメイクでクリアした。
もし、中学生の僕に戻れるなら、諦めずにクリアするよう助言するだろう。
それだけ惜しい経験だったと後悔している。




陸上部での挫折と崩壊


中学では陸上部に入部した。足が速いわけでもないのに、なぜかその道を選んだ。
僕の家では、経済状況がひっ迫していたため、ユニフォームは買ってもらえず、スパイクは先輩からのお下がりだった。

種目は幅跳び。けれども記録は伸びない。
初めての大会に向けて他の種目も試してみたけど、実力が足りず公式戦に出場させてもらえなかった。
そのため、顧問の先生へ八つ当たりした記憶がある。
今思えば、何の努力も成し遂げていない僕が悪いのに、本当に申しないことをした。

そして、冬はマラソン大会に出場。確か、地域のマラソン大会に3回参加し、うち2回最下位となった。それでも当時の僕は、不思議と悔しいと思っていなかった。きっと本気で自分自身と向き合うことをしていなかったのだろう。

でも、居場所がなかったわけではない。学級委員に立候補したり、文化祭で「オズの魔法使い」のブリキ役を務めたり、生徒会選挙では応援演説をして仲間を当選に導いたり――。

部活ではいまいちだったけど、別の場所では自分を表現できていた。このときまでは…。

当時の僕を総評すると、何も考えていなかった。思考停止していた。
将来のことも、勉強や部活のことも。そう、空っぽだったのだ。

これにはわけがある。
僕の家庭は、当時崩壊していた。
父と母は毎日喧嘩し、その声をきいていたので眠れなかった。
ある日、父は母の許可なしに社員旅行で北海道へ出かけた。僕は夕張メロンのハイチュウをお土産にもらった記憶があり、よくこんな状況で行けるな?と子どもながらに思った。
これがきっかけで、母は完全に切れて父を家から追い出した。僕は、地獄のような喧騒を聞かなくなってよかったと思った反面、何も考えられなくなった。

当時の僕は、家のことを誰にも相談できなかった。それだけ家のことを恥ずかしいと思っていたのかもしれない。

記憶を辿ると、当時はただの地獄だった。けれど、あの経験が“家族を大切にすること”や“自分で幸せをつかみにいくこと”の原点につながっているのは間違いない。



せつない思いは忘れない



もし、あの時――

「もしもあの時、もっと努力していたら」
「もしもあの時、あの輪に飛び込んでいたら」
「もしもあの時、父と母の喧嘩を止められていたら」

中学時代の僕には、そんな “if” がたくさんある。
でも同時に、そうした黒歴史を含めて今の自分がいるのだ。
そしてあの黒歴史があったから、いま僕は笑ってこのnoteを書けている。
不器用で、うまく笑えなくて、空回りばかりしていた。
これが僕の黒歴史の始まりだった。
それでも、この1日1日は確かに青春だった。

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