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【第十五話】ゆとり世代の1987生まれが青春時代を過ごした平成についての思い出を語る【花/オレンジレンジ(2004年)】

2004年のクリスマス。
あの時の嫉妬心は、「“今”という現実の宝物」を生みだしてくれた。

「青春」とはなにか。
辞書を引くと「若さゆえの輝き、未熟さ、情熱」なんて書かれているけれど、実際僕にとってはシンプルで、音楽と共に過ごした時間こそが青春だ。

「この世界で受け入れていく」ことが大切なんだと気づいたあの冬。
今振り返ると、僕はまだ未熟で、若かった。

そう、僕は懐古厨だ。
でも、この懐古があるからこそ、今の僕があるのだと思う。

懐古厨のゆとり世代と、この気持ちを分かち合うために、このnoteを書き上げる。


花びらのように散りゆく中で

オレンジレンジの「花」は、映画『いま、会いにゆきます』の主題歌として有名だ。
映画の世界観とマッチした歌詞は、僕ら高校生の心を一気につかんだ。
※映画『いま、会いにゆきます』は、亡くなった妻が雨の季節に戻ってくる、家族の愛を描いた切ないラブストーリー。中高生にとっては大人びた世界でありながら、妙に胸に響くものがあった。当時は「世界の中心で愛を叫ぶ」など、純愛映画が流行っていた。

僕も同級生たちと映画館へ行き、この作品を観たので、「花」には思い入れがある。
僕は陸上部だったので、予告編で中村獅童の走る姿に共感していたし、当時の竹内結子は月9ドラマ「プライド」に出ていた憧れのヒロインだった。
その程度の軽い知識で『いま、会いにゆきます』を鑑賞したのだが、僕の心はひどく揺さぶられた。

「生まれ変わってもあなたに会いたい」という歌詞どおりの展開で、物語は進む。
僕はといえば、物語に入り込みすぎて、完全に中村獅童に感情移入していた。
そして、終盤になると完全に竹内結子に恋をしていたのだった。
あぁ、エンディングが近づくに連れて、竹内結子と別れるのが切なくなってきたぞ。
最後に竹内結子の行動の要因など伏線が回収されて、エンディング。
僕は「花」とともに、感情が溢れ出て涙でぐちゃぐちゃになった。

僕は、友人たちと涙を拭いながら、「いい映画だったな」と笑い合いながら、近くのサイゼリヤで感想戦をしたことを覚えている。

僕は映画の余韻が忘れられず、そのあと原作小説まで買って読み耽った。
そして素直に思ったのだ。
――僕も恋がしたい、と。

オレンジレンジの「花」は、僕らゆとり世代が青春を過ごした時代の代表曲だ。
この曲の魅力的なところは、恋愛をしたくなる気持ちになるところだと、僕は思う。
当時の僕らにとって「花」はそんな曲だった。



MDと音楽の流行

この頃の僕たちの音楽ライフは、完全にMDが中心だった。
サブスクやYouTubeで、好きなときに好きなだけ音楽が聞ける現代社会。
当時、音楽が聞きたいと思ったらCDを買うか、CDをレンタルしてMDへ落とすかしかなかった。
けれども、その不便さがまた青春を濃くさせてくれていた。

僕はといえば、月に何度か近所のTSUTAYAへ行き、ランキング上位のシングルCDをレンタルしていた。
また、好きなアーティストのアルバムがレンタル開始となる日をチェックして、その日のうちに即刻レンタル。
借りたCDは徹夜でMDへ落として、翌日の通学前に返すというサイクルを繰り返していた。
※TSUTAYAでは新作のアルバムが発売日に即レンタルにはならず、だいたい2週間後の水曜日や土曜日からレンタル開始するのが通例だった。また、当日返却だとレンタル料金が安くなるので、貧乏高校生には助かっていた。

僕は、MDを歌手ごとに管理して、シングルやアルバムの曲を集約していた。
また、お気に入りの曲だけをセレクトした「マイフェイバリットアルバム」を作り、一人でニヤニヤしながらMDプレーヤーで再生していた。
今では考えられないけど、一度曲を入れたら順番を入れ替えることはできない。そのため、どうMDへ組み込むのかで、小さな葛藤があった。
細長のシールラベルに手書きでアルバム名を書き込み、ケースラベルへ曲名を転記する単純作業。
そんなやり取りも含めて、僕にとってはすべてが楽しい時間だった。

MDプレーヤーを片手に電車へ乗り、予備校へ行く。そして、イヤホンから流れる「花」に耳を傾け、また再生する。
窓の外の景色に広がる町並みを見ながら、映画のシーンや、まだ始まってすらいない恋を重ね合わせる――そんな日が続いていた。


淡い恋の行方


2004年の秋、僕らの学年は修学旅行で沖縄へ行った。
初めての飛行機に初めてのスキューバダイビング。
そして、離島で過ごす夜のホテル。どれもが特別で、僕たちは大人になったような気分だった。

ホテルで他愛もない話に花を咲いていたところ、友人が僕に話しかけてきた。
「〇〇ちゃん、お前のことカッコいいって言ってたぞ」
その瞬間から僕は、その子のことを強く意識してしまった。

僕は、その子のメールアドレスを聞こうと決心した。
しかし、その子とは今まで接点らしい接点はない。
そのため、どんな切り口でメールアドレスを聞けばいいのか、と悶々とした日々を過ごしていた。

僕が決心をした日から1ヶ月が経過していた。
未だに僕がもじもじしているのを察した友人が、会話のきっかけを作ってくれ、「そういえばアドレス知らなかったよね。教えてくれる?」みたいなノリでようやくメールアドレスを交換した。

けれども、クリスマスの日に事件は起きる。
その年のクリスマス。僕はアルバイトもなく、クラスの友人たちと焼肉を食べていた。
焼肉に遅れて参加してきた、例の「〇〇ちゃんがカッコいいと言っていた」と教えてくれた友人。
彼は焼肉の場でみんなにこう告げた。
「〇〇ちゃん、俺と付き合うことになった」と。

あのときの絶望感は、今でも鮮明に覚えていて、それ以降焼肉は喉を通らなかったほどだった。

なんとも胸の奥に重く沈むような感情。これが失恋というやつか。

確か、次の日は部活があり、僕は絶望しながら競技場まで足を運んだ。しかし精彩を欠き、ペース走も普段より早く離脱するほど練習に身が入らなかった記憶がある。

部活帰り、僕は後輩たちに事の顛末を説明した。
後輩は、「ではこれからカラオケにいきましょう。歌えば心も落ち着きますよ」と誘ってくれた。なんと心優しき後輩なんだ。

僕は「花」を熱唱し、後輩はSMAPの「オレンジ」を歌って失恋した僕の気持ちを慰めてくれた。オレンジレンジつながりかよ。
他にも「青いベンチ」や「楓」など、後輩たちはあらゆる失恋ソングを一緒に歌ってくれて、僕は少し気が楽になった。


咲き誇れ「花」よ


年月が過ぎ、僕も大人になった。
あの時のような青臭い心はもう持っていないけれど、「花」を聴くと胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚が戻ってくる。

あの時を振り返ると、僕は完全に「恋に恋をしていた」状態だった。
当時の僕に問う。あの子のどんなところがよかったのか、何がよかったのか説明できるのだろうか。
恐らく、答えに詰まると思う。

失恋の痛みというよりも、友達に抱いた嫉妬心が強かった僕は、まだ未熟だった。

そして今では、これらを含めて「青春」という名の出来事で片付けようとしている。
それはそれで、いいかもしれない。

「花」は、僕にとって未熟な恋の象徴であり、同時に青春の全てを映し出す鏡のような存在だ。
大人になった今でも、聴くたびにあの時の光景が目に浮かび、心を揺さぶられる。
「花」は僕にとって、忘れることのできない思い出深い曲だ。

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