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リップクリーム

小学生のとき、どうしても欲しいものがあった。
リップクリームだ。

今思えば、別に禁止されていたわけでもない。
でも当時の私は思っていた。
リップクリーム=大人の女性=ませている。

母に正直にいって、
「うちの子、急にませちゃって」
そんな一言が近所中に広まるかも。

街のスピーカーと呼ばれている床屋のおばちゃんにまで届いたら、最後だ。
それだけは、絶対に避けたかった。

まだお小遣いももらっていなかった私は、
母との買い物の時に、
どさくさに紛れて入手する作戦を立てた。

ドラッグストア到着。
チャンス到来。

「お母さん、これ買って」

できるだけ無感情に、
なるべく目を合わせずに言った。
もし、なにこれ?と聞き返されたら
「これは保湿。美容じゃない。医療寄り」
と言う返す言葉の準備もして。

すると母は、驚くほどあっさり
「いいよ」と言った。

拍子抜けしつつも、内心ガッツポーズ。
ついに、念願のリップクリームだ。

家に帰ると、我慢できずにすぐ開封。
胸はドキドキ、手はワクワク。

そして、つけてみた。

……べたべたする。

想像していた「うるうる」とは違う。
どちらかというと、ひっつく感じ。
不安になって、もう一度パッケージをよく見る。

それは、リップクリームではなく、
ソックスタッチと書いてあった。
つまりソックス留めだった。

私の唇は、その日、
一切滑る予定がなかった。

今でもリップクリームを買うとき、
なぜか一度だけ、
「これは唇用です」
と心の中で確認してからレジに向かう。

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