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生成AI・機械学習より先に研究者が学ぶべきもの—守破離で考える、マテリアルズインフォマティクス時代のスキル習得論

「先輩、これベイズ最適化で条件出せませんかね?」

最近、新人さんからこういう相談を受けることが、本当に増えました。

機械学習に興味を持ってくれているのは、嬉しいことです。 私自身、マテリアルズインフォマティクス(MI)を推進する立場ですし、 これからの研究者には絶対に必要なスキルだと思っています。

でも——ちょっと、心配になることもあるんです😅

「その反応、そもそもどういうメカニズムで進んでるか説明できる?」 「なぜその記述子を選んだの?」 「予測値が外れたとき、何を疑う?」

こう聞くと、答えに詰まる。 基礎の手応えがないまま、いきなりAIの上に乗ろうとしている。 そんな新人さんが、確実に増えています。

今日は、これを「守破離」という昔ながらの言葉で考えてみたいなと思います。


研究者のキャリアは、まさに守破離

「守破離(しゅはり)」って、ご存じですか。

日本の武道や茶道で使われてきた、技を習得する3段階のことです。

  • :師匠から教わった型を、忠実に守る段階

  • :型を十分に身につけたうえで、状況に応じて応用し始める段階

  • :型を超えて、自分独自の境地に至る段階

実はこれ、研究者のキャリアそのものなんです。

「守」の段階は、たとえばこんな時期です。 先輩が組んだ実験プロトコルを、疑わずにそのままなぞる。 「なぜこの温度?」「なぜこの順番?」と思いながらも、まずは再現できるまでやる。 分析装置の使い方、データの取り方、ノートの書き方、すべて型を覚える。

地味で、退屈で、ときどき「もっと効率的なやり方があるんじゃないか」と感じる時期です。

「破」の段階は、ある日ふと訪れます。 何百回と同じ実験をしてきたうえで、「ここを変えたらどうなる?」という仮説が、自分の中から出てくる。 先輩の手順を、自分なりにアレンジし始める。 「あ、この反応、こういう条件のほうが合理的かも」と思える。

「離」の段階は、ベテランの領域です。 反応液の色を見て、「なんかいつもと違う」と感じる。 論文を読んだ瞬間、「これは再現性が怪しい」と直感が働く。 自分だけのスタイルや、研究哲学が確立している。

研究者として一人前になるとは、たぶんこういう道のりを通ることです。


今、現場で起きていること

ところが、最近の研究現場では、この「守」を飛ばす人が増えています。

理由は、わかりやすいんです。 便利なツールが、揃いすぎたから。

ベイズ最適化のソフトウェアは、ボタン一つで次の実験条件を提案してくれる。 PythonでRDKitを使えば、分子記述子は自動計算される。 ChatGPTに聞けば、実験計画の叩き台が10秒で出てくる。 社内のMIツールに数十点のデータを入れれば、目標性能に到達する条件をAIが絞り込んでくれる。

すごい時代になりました。本当に。

でも、その結果として—— 「実験はやったことないけど、機械学習はできます」 「化学反応の式は書けないけど、Pythonは書けます」 という新人さんが出てきています。

これは別に、本人が悪いわけではありません。 研修プログラムが、いきなり機械学習から入る構成になっていることも多いんです。 時代の要請として、「DX人材」を急いで育てたい組織の事情もある。

ただ、研究者として育つ視点で見ると、これは「守」を飛ばして「離」に行こうとしている状態に近い。 そして、それはたぶん、思っているより危険なんです。


データだけで最適化する、怖さ

具体的に、何が危ないのか。 私自身が見てきた、いくつかの場面を共有します。

ケース①:記述子が選べない

機械学習で材料の性能を予測するには、「記述子」と呼ばれる特徴量を選ぶ必要があります。 分子量、極性、官能基の数、結合エネルギー——どれを使うか。

これが、化学のドメイン知識なしには選べません。 「なんとなく全部入れときました」だと、ノイズの中で本質が埋もれます。 「この物性にはこの記述子が効くはず」という勘所は、基礎の上にしか乗りません。

ケース②:外挿が効かない

機械学習モデルは、学習データの「内側」では強いです。 でも、データ範囲の外(外挿領域)に出た瞬間、ものすごく外します。

化学の基礎がある人は、「この温度域は反応機構が変わるはずだから、モデルは効かないだろう」と気づける。 基礎がない人は、AIが出した数字をそのまま信じてしまう。 そして、現場で爆発します(比喩でも、文字通りでも)。

ケース③:データの「異常」に気づけない

実験データには、必ずノイズや異常値が混ざります。 ベテランは、生データを見た瞬間に「あ、これ装置の調子悪い日のデータだな」と気づく。 基礎がない人は、その異常値ごと学習させてしまう。 そして、できあがるのは「ノイズを学習した、もっともらしいモデル」です。

これらに共通しているのは、「守」の時期に積み上げる、地味な感覚知が必要だということ。 何百回と実験を回したからこそ、何が普通で何が異常かがわかる。 その感覚を持たずに機械学習に乗ると、間違いが見抜けないんですよね。


「守」を飛ばすと、何が失われるか

もう少し、深く考えてみます。

「守」の時期は、効率だけで見れば無駄が多い時期です。 同じような実験を繰り返し、誰かが既にやった手順をなぞるだけ。 「もっと速く成長できるはずなのに」と感じることもあるでしょう。

でも、この時期に育つものがあります。

ひとつは、違和感センサー。 「いつもと何かが違う」を察知する力。これは経験の積分でしか育ちません。

ふたつめは、データに対する懐疑心。 「この数字、本当に正しいかな?」と疑う癖。基礎を知らないと、疑い方すらわかりません。

みっつめは、未知に対する勘所。 「この領域は、たぶんこういう挙動になるはず」という予測。 これは、機械学習が一番苦手な「外挿」を、人間の側で補ってくれる力です。

機械学習は、これら3つを代替してくれません。 むしろ、これら3つを持った人が機械学習を使うと、ものすごく強い。 データの異常に気づき、モデルの限界を見抜き、外挿領域では人間の判断を優先する。 これができる研究者は、AI時代こそ希少な存在になります。

そして、もうひとつ見落とされがちな損失があります。「記録する力」です。

「守」の時期に丁寧な実験ノートを書く訓練をした人は、「なぜこの条件を選んだか」という判断の文脈を自然に残せるようになります。 でも「守」を飛ばした人は、AIが出した条件をそのまま試すので、「なぜその条件なのか」という思考経緯がそもそも存在しない。記録に残すべき「意味」が、最初から生まれないんです。 データは積み上がる。でも、そのデータが何の問いから生まれたかが消えていく。 これはとても静かな、でも深刻な損失だと思っています。


「機械学習を学ぶな」ではなく、「順番が大事」

ここで誤解しないでほしいのは、「機械学習を学ぶな」と言っているわけではないということです😊

私自身、毎日のように機械学習を使っています。 これからの研究者にとって、MIや生成AIは英語と同じくらい当たり前のスキルになると思っています。

ただ、順番が大事だと言いたいんです。

理想的には、こうです。

  1. :化学・材料の基礎をひたすら積む。実験の手を動かす。データを取りまくる。

  2. :基礎の上で、機械学習や統計の道具を学ぶ。「なぜこの手法が効くか」を理解する。

  3. :MIや生成AIを、自分の研究哲学のもとで使い分ける。AIが間違えたら気づける。

「守」を飛ばさなければ、「破」と「離」は驚くほど速く進めます。 逆に、「守」を飛ばすと、「破」のところでつまずく。 ブラックボックスのまま機械学習を使い続けることになって、応用が効かない人になってしまう。


守破離そのものを深く知りたい方へ、さらに2冊

「守破離」という言葉は知っていても、その内側——なぜ型を守ることが成長につながるのか、守から破へ移行するとき何が起きているのか——を言語化できる人は意外と少ないと思います。

そのモヤモヤを解消してくれる2冊を紹介します。

📖 『守破離の思想──初心から成就へ』西平直 著(岩波書店)

著者の西平直さんは京都大学名誉教授で、教育人間学・日本思想を専門とされる方です。 2025年11月刊行と、まさに出たばかりの最新書です。

「守破離は、稽古の三段階である」という一文から始まるこの本は、守破離の「内側にある仕掛け」を丁寧に解きほぐしていきます。 師匠と弟子の関係が段階ごとにどう変化するか、「初心」とは何か、「型を超える」とはどういう状態なのか。 武道や茶道の話にとどまらず、「自己を磨き、学びを問い直す」ための知恵として語られていて、研究者として読んでもすごく刺さります。

「AIに最適化を任せていいのはどの段階からか」という問いへの答えが、この本を読むと自分の言葉で語れるようになります😊

📖 『超一流になるのは才能か努力か?』アンダース・エリクソン著(文藝春秋)

こちらは守破離という言葉は出てきません。 でも、「なぜ守の反復が大切なのか」を神経科学的に証明した本として、私が一番感銘を受けた一冊です。

著者のアンダース・エリクソンはフロリダ州立大学の心理学教授で、「限界的練習(deliberate practice)」という概念を提唱した研究者です。30年以上、チェス、バイオリン、スポーツなど様々な分野の「超一流」を科学的に研究してきました。

この本の核心は、反復によって脳の神経繊維(ミエリン鞘)が強化されることで、スキルが「考えなくてもできる」領域に移行するという発見にあります。 守破離の「守」でひたすら型を繰り返すことは、脳を物理的に変えているんです。

「漫然とした繰り返しでは伸びない。目的のある練習(purposeful practice)だけが人を変える」という主張は、実験データの取り方も含め、研究者として読んでも説得力があります。

「なぜ守の段階をサボると取り返しがつかないのか」という問いへの、科学的な答えがここにあります。


「ブラックボックスを開ける」ための、おすすめ本、udemy

最後に、基礎を飛ばさずに機械学習を学びたい方向けの、私のおすすめを共有します。

📚 書籍:『マテリアルズ・インフォマティクス—材料開発のための機械学習超入門—』

著者の岩崎悠真さんは、NEC中央研究所の主任研究員で、JSTさきがけ研究員も務められた方です。 2019年刊、150ページの読みやすい入門書ですが、何より目次の第1章に「機械学習さえあればすべて解決するの?」という節があるのが象徴的。 理論科学・計算科学・実験科学・データ科学の4つを並べて語る章立てで、「データ科学だけが偉い」という雰囲気にはなっていません。

材料開発に従事する立場で機械学習に入る、最初の一冊として強くおすすめできます。

🎓 Udemy:【キカガク流】人工知能・機械学習 脱ブラックボックス講座 - 初級編

タイトルがもう、この記事のテーマと同じです笑 **「ブラックボックスを脱する」=「守を飛ばさない」**ということ。

中学数学から始めて、微分・線形代数を通って、Pythonで単回帰分析を実装するところまで一気通貫で学べる構成。 受講者16,000人超、評価4.4の人気講座で、「機械学習の参考書を閉じてしまった人への再入門」というキャッチコピーが、すごく的を射ています。

「とりあえずモデルを動かせる」から、「なぜそのモデルが動くか説明できる」へ。 この一段の差が、AIに使われる研究者と、AIを使いこなす研究者の分かれ目になるんじゃないかなと思います。


おわりに

新人さんに「ベイズ最適化で…」と言われたとき、私はもう、否定はしません。 でも、こう聞き返すようにしています。

「いいね、で、その前提になっている反応のメカニズム、私に教えてくれる?」

ニヤッと笑える新人さんが増えてくれたら、すごく嬉しい😊

「守」を飛ばさずに通った人だけが見える景色がある。 これは私自身、本当にそう思います。

機械学習やAIが、研究者にとっての武器であり続けるためにも、 基礎という土台を、ちゃんと積みましょう。

その上に乗せるAIは、たぶん、ものすごく強いです✨


最後まで読んでくださって、ありがとうございました🙏

「うちの新人もまさにこれ…」「自分も基礎飛ばしてるかも…」など、 共感ポイントがあれば、ぜひコメントで教えてください。


📖 あわせて読みたい:「記憶と記録」シリーズ

この記事で触れた「守の時期に積まれる記録する力」。 実は私、これをテーマにしたシリーズ記事を書いています。

「守」の時期に身についた「判断の文脈を残す習慣」は、後に組織の知識になっていきます。 逆に言えば、その習慣がないまま研究を続けると——熟練者の退職と同時に、知識がごっそり消える問題につながる。

第四章では、守破離と記録設計の関係、私が経験したデータベース統一の話、そして生成AIが「記録の設計が整った組織」の力を引き出す未来について書きました。

ぜひ、あわせて読んでみてください👇

初めから読んでくださるなら👇から



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