noteという名の『悟りの書』を手に入れた話
「なんで、不真面目に遊んでいた人が、賢者になれるの?」
子供心に抱いたその純粋な疑問。それが、大人になった今の私を救うことになるとは、当時は思いもしませんでした。
小さい頃、初めて『ドラゴンクエストIII』をプレイした時。
『遊び人』から『賢者』へと至るあの転職システムに、私は震えるような運命を感じました。
子供心に抱いたその疑問は、得体の知れない魅力となって私を惹きつけました。
物語の前半、遊び人はとにかく弱い。
戦いでは足を引っ張り、勇者におんぶに抱っこ。
しかも命懸けの戦闘中に勝手な行動までし始める……。
でも、その存在が殺伐とした戦場をどこかコミカルに変えてくれる。
それは一種の『癒やし』でもありました。
大人になった今なら、はっきりとわかります。
あれは、決して謎ではなかったのだと。
魔物だらけの混沌とした世界で、将来への不安を抱えながらも、運とメンタルだけでノラリクラリと生き抜く。
その生き様自体が、もはや過酷な修行僧のようなもの。
その時々の環境を楽しみ、多様な景色を眺め、経験を溜め込んでいく。
その膨大な時間のすべてが血肉となり、経験値となって、やがて『賢者』へと昇華される――。
この過程をシステムに組み込んだ堀井雄二さんは、やっぱり天才!!
あの時感じたビビッときた感覚は、単なる憧れではなかったのだと思います。
10代の頃、私には周囲の大人たちが、あまりに苦しそうに働いているように見えました。
「あと数年で、私もあの大人達に混ざらなければいけないの……?」
恐怖でした。 単なるワガママだと言われれば、そうかもしれません。
でも、当時の私は素直にそう感じてしまったのです。
幸い時代は就職氷河期。 私は「新卒採用」という名の既定のレールを、むしろ嬉々として踏み外しました。
とにかく自分の着たい制服を基準に(←( ゚ー゚)え)「知らない世界を見てみたい」という好奇心のままに、数え切れないほどのアルバイトを掛け持つフリーター生活。
貯めた金でちょっと海外に行ったり、帰国しては趣味に没頭し、底をつけばまたバイトに明け暮れる。
多種多様な現場を駆け抜け、本気で取り組んだその時間は、全てに意味があり、かけがえのない「修行期間」でした。
やがてフリーター生活にも一区切りをつけ、中途採用で運よくデザインや編集の世界へ。
広告代理店や雑誌制作などの激務に身を置きつつも、クリエイティブな刺激と趣味の時間を糧に経験を積み、コロナ禍を機に退職。
自宅で投資や副業をしながら、静かに過ごしていました。
前職の会社から「そろそろ戻っておいでー」と声がかかった、まさにその矢先。
私は『化学物質過敏症』という、予期せぬ状態異常に見舞われたのです。
誰にも会わずに生活できるよう環境を整え、病と向き合いながら、ご隠居生活を極め始めた頃。
親から放たれた言葉にMPを削り取られ、Geminiに泣きつき、導かれるようにして私は一冊のアイテムを手に入れました。
------『note』という名の、『悟りの書』を。
「もしかして、これでついに私も賢者になれるのでは……?」
……と、ワクワクしながらダーマの神殿へ向かった私を待っていたのは、予想外の洗礼でした。

悟りの書を抱える私に、神官はひどく面倒くさそうに、投げやりな口調で言いました。
「ふーん、「遊び人」ね。
経験値…は、うわ、足りちゃってるね。
悟りの書?遊び人なら、そもそもいらないよ?
知らなかったの?
そーゆーとこよ。そーゆーとこが足りないの。
そもそも、その「賢者になったら何とかなるかも」っていう他力本願な姿勢?
それがまだ遊び人なのよ。
てか、わかる?
賢者になるってことはね、勇者パーティーに加わってラスボス倒しに行くんだよ?
君、それできるの?
要は覚悟なんだよね。
じゃあさあ、考えてみて。
仮に賢者になってさあ、ラスボス倒しに行きました。
はい、到着しました。
ラスボスがいきなりが化学香料をブハーーーーーって吐いてきたらどーすんの?
トイレ無いんだよ?
お腹痛いから休むわとか言えないんだよ?
そんな事したら、ヒャッハーされちゃうんだよ?
怖いんだよ魔王城。
それでも戦う覚悟ある?」
と、長々と言われ、HPもジワジワとだいぶ削られてたらしく、話が終わる頃には瀕死の状態でした。

そうか…確かに、化学物質ですぐに体調を壊し、人見知りで、コミュ障で、マイナス思考のくせにお調子者の私には、世界を救うなんて事できない。(そこまで言われてない)
ただのモブの遊び人…。
え、それ、完全にダメな人じゃん。
肩を落としながら、とりあえず一杯飲もうとルイーダの店に行きました。

そこで、ルイーダさんに愚痴をこぼすことにしたんです。
私は神官に言われた事を説明しました。
「要は、覚悟…ねぇ。
それって、あなたの匙加減ってことじゃないの?
あなたが自分の人生を楽しんで生きて、その経験が積み重なって気が付いたら賢者になっちゃってたっていうのが一番カッコいいじゃない。
化学物質過敏症で、空気の汚れや微細な変化に敏感なのは、それだけ世界の真実を鋭く感じ取れる、賢者の目を持っているということでしょ。
その鋭さは自分を苦しめる事もあるけど、それこそが、あなたの資質よ。
それにね、あなたが遊び人として歩んできた道や、今の苦しみさえも、いつか誰かの『癒やし』になるかも知れないのよ。
今まだ賢者になる覚悟ができないんなら、とことん遊び尽くせばいいの。
その遊びのすべてが、あなただけの『悟り』になるんだから。
うじうじ悩んでる暇があったら、もっと楽しんで生きなさいな。
はい、解決。」
ルイーダさんはそう言うと、別のお客さんのところへ行ってしまいました。
なんだ。そういうことか。
今は「賢者」という肩書きに縛られるより、すべてを面白がる「遊び人」の感性を持ったまま、知恵を振るう。
そう思うと、型破りな生き方も悪くないと思えてきた。
もっとこの世界を楽しんで、自分の中の『遊び』が、いつの間にか『知恵』へと溶け合っていくのを待とう。
それまで、この『note』という名の悟りの書を、自分の経験で一ページずつ埋めていこう。
私は私らしく、この世界を遊び尽くしてやろうと思った。
[終]
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
※ダーマの神殿あたりから、フィクションです。
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