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「まだ頑張れる」と思っている人へ。休職という選択肢

「まだ頑張れる」と思っているときが、いちばん危ない。


休むって、
そんなに簡単に選べるものじゃない。

このnoteを開いたとき、

少しだけ、手が止まらなかっただろうか。

スクロールする前に、
ほんの一瞬だけ迷わなかっただろうか。


「まだ大丈夫な気もする」

「でも、このままでいいのか分からない」

その間にいるとき、
人はこういう言葉を探す。

もし今、
はっきり「限界だ」とは言えないけど、

・ちょっとしんどい
・なんとなく余裕がない
・前みたいに回復しない

そんな感覚が続いているなら、

それはたぶん、気のせいではない。


人は本当に限界になると、
「もう無理」とは言えなくなる。

真面目に頑張ってきた人ほど、
休むという選択肢は遠くなる。

むしろ逆で、

限界に近づいているときほど、
「まだ頑張れる気がする」

この感覚が残る。


「まだいける」と思った日の理由を思い出す。

昨日は動けた。
周りはもっと大変そう。
これくらい普通。

ひとつひとつは小さい。

それを積み重ねて、
限界のラインを後ろにずらしていく。

気づいたときには、

動けていた自分が基準になって、
動けなくなってきた自分を責めるようになる。


わたしは大企業の小さな部署で働いていた。

人員不足はずっと問題だった。
会議でも何度も話題に上がっていた。

状況は変わらなかった。

一人あたりのタスク量は、明らかにオーバーしていた。

それでも、

この仕事は天職なんじゃないか。
本気でそう思っていた。

夜、家に帰る。

ご飯を食べる。

頭の中では、明日のタスクを並べている。

休日も同じだった。

子どもと公園にいても、

「月曜の会議どうする」
「案件、まだ詰めきれてない」

そんなことばかり考えていた。

体はずっと緊張していた。

肩が上がったまま下がらない。
奥歯を噛んでいる。
呼吸が浅い。

この状態が、2年くらい続いていた。

変化は静かに出始める。

寝ても回復しない。

好きだったドラマを、途中で止める。

夜中に目が覚める。
3時。
また目が覚める。4時半。

会社に行くと、胃が痛い。

そのときの認識は、ひとつだけだった。

「疲れているだけ」


少しだけ、今に引き戻す。

もし今、

・寝ても回復しない
・楽しかったことが楽しめない
・体の力が抜けない
・休みの日でも仕事が頭から離れない

当てはまるものがあるなら、

それは「まだ頑張れる状態」ではなく、

無理して動けている状態に近い。


当時のわたしには、休むという発想がなかった。

辞めたらプロジェクトが止まる。
信頼を失う。
誰かにしわ寄せがいく。

それだけは避けたかった。

選択肢は最初から消えていた。

「休む」は、テーブルの上に乗っていなかった。


人は、

倒れる直前がいちばん
「まだいける気がする」状態になることがある。


2026年明け。

部署転換を告げられた。

納得はできなかった。
話をしても変わらなかった。

何かが切れた。

「ああ、もう無理なんだ」

次の日。

玄関で立ち止まる。体が動かなかった。


ここまで読んで、

「まだそこまでじゃない」
そう感じる人もいると思う。

その感覚も、よく分かる。

ただ、もし今、

・寝ても回復しない
・楽しかったことが楽しめない
・体の緊張が抜けない

そんな状態に近いとしたら、


本当に「まだ頑張れる状態」なんだろうか。

それとも、
一度立ち止まっていいラインなんだろうか。


この先では、

・壊れ始めているサインの見分け方
・休む判断を考えるタイミング
・休職という選択肢と現実

かなり具体的に書いています。


ここから本題に入りましょう。


さて、
「休む判断」と「休職という選択肢」について、
もう少し具体的に書いていきます。

ここから先は

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