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【体験談】自然妊娠で一卵性の三つ子。妊娠発覚から31週の帝王切開まで

「あれ?1人じゃないねぇ。ちょっと待ってね。」
エコーを動かしながら、先生がそう言いました。
2023年、私は自然妊娠で一卵性の三つ子を授かりました。
そこから3人が家に揃うまで、約1年かかりました。

こんにちは、いちごです。
一卵性三つ子(女の子)の母で、今は夫と義母と6人暮らし。
一時的に義母も同居して、毎日賑やかに生活しています。
前回は「買ってよかったもの10選」を書きましたが、今回はその手前のお話です。
https://note.com/ichigo6938/n/n88ac4d0c838d
三つ子というだけでも珍しいのに、一卵性で、しかも自然妊娠
全部そろうと、確率は2億分の1だそうです。

しかも、夫の家系にも私の家系にも、双子すらいません。心当たりが本当に何ひとつなくて、「なんでうちに?」というのが正直な気持ちでした。周りにもよく驚かれますが、自分がその2億分の1だと言われても、いまだにピンときていません。
思い出しながら書いていたら、とんでもない長さになっていました‼️
なので前編・後編に分けます。前編は、”何も知らずに産婦人科へ行った日
から、31週2日で3人に会うまで”です👶🏻👶🏻👶🏻


■三つ子だと分かった日

生理が予定日より遅れていたので、念のため産婦人科を受診しました。
初診ではまだ胎嚢が見えるだけで特に変わったことは言われず、
”赤ちゃんできたんだー♪”とるんるんでした。
「順調に育っていますよ」、そんな言葉を期待して受けた2回目の検診。
エコーの画面に、丸いものが2つ見えました。
知識のない私は「あれ?今どこ映してるんだろう?2つってどこの何…?」と
思っていると先生が「あれ?一人じゃないねぇ。ちょっと待ってね」と
言いながら、エコーの機械を動かし始めました。
画面が切り替わり、また丸いものが1つ🥚
「三つ子だねぇ〜!?」
その瞬間、私は時間が止まり、声が出ませんでした。診察室を出て
すぐ、夫にLINEを送ったのを覚えています😂🥚🥚🥚


🥚🥚🥚 

ちなみにこの2回目の検診で、1つの膜の中に3つの胎嚢があることも
確認され、一卵性の三つ子であることが分かりました👶🏻👶🏻👶🏻

そこからはもうてんやわんやで、「ここでは産めないから」と病院はNICU
併設の大きい病院が条件になり、最終的に自宅から通いやすい総合病院へ
紹介状を書いてもらい、その日はドキドキしながら帰宅しました🚶‍♀️


■実母がキッチンにしがみついた

家族への報告も鮮明に記憶に残っています。
実母にエコー写真を見せたところ最初は妊娠自体に驚いていましたが、
「実は三つ子なんだよね〜」と伝えた瞬間、腰を抜かしてキッチンに
しがみつき、「三つ子!? 三つ子!? え、3人ってこと!?」と何度も何度も
聞き返されました(笑)
友達や弟、夫にもLINEで報告しましたが、その時のスクリーンショットは
今でも大切に残してあります📷


みんないい反応すぎて、よく見返します😂

■週1の検診とシロッカー手術

妊娠が分かったのは4月の半ば頃。そこから検診は週1回、自宅から車で
1時間ほどかけて、新潟県内の総合病院まで通う生活が始まりました。
6月にはシロッカー手術(子宮頸管を縛る処置)を受け、そこからは運転も禁止、基本的に寝たきりで過ごすよう指示されました。お腹の張りを抑えるリトドリンも欠かさず服用していました。制限やリスクが他の妊婦さんより多くあり、夫はもちろん実母や弟、義家族に支えてもらった妊娠生活でした。

■管理入院

元々「8月に入ってから様子を見て」と言われており、のんび〜り過ごして
いたら「来週から管理入院どうでしょう?」と医師から言われ、予定より
早まりそうでした。ですが、人生で最後になるかもしれない妊婦中の自分の姿、マタニティフォトをどうしても残しておきたくて、入院をお盆明けまで延期してもらいました。
海では重いものを持たせられないと夫が酷暑の中何往復もしてくれた事を、今でも喧嘩の際に思い出して心を鎮めることに役立っています😃


スマホ水没の危機で慌ててる瞬間😂

■体重は22kg増🤰

入院の日は、夫と実母が見送りに来てくれました。面会不可の入院生活、
その時すでに「長くても34週で帝王切開」と言われていて、最長で3ヶ月
家族と離れ離れ、いつ終わるかわからないこの生活、と大の大人が大粒の涙を流しながら旦那と実母とお別れをしました😂
入院中は面会ができなかったのですが、実母がビデオ通話繋ぎながら差し
入れを買いに行ってくれたり(実質ドライブスルー)、病院の向かいにある
商業施設の屋上から猛暑の中手を振ってくれたり、娘が寂しくないようにと
あの手この手を使って愛情をたくさん注いでくれて、今度は嬉しくて病室でたくさん泣いてました😂
体重については、入院前の計測で結果22kgの増加、先生に怒られながら
入院しました😇
ですが産後は1年ですっかり同じ体重に戻りました👏数字だけ👏笑

入院生活についてですが、決して楽ではありませんでした。毎日NSTでお腹の張りをチェックし、原則車椅子での移動、薬を何錠も飲み、効果が薄れてきたら次は点滴、点滴も左右の腕の血管が限界を迎えそうでギリギリの
ところでした😖
産後しばらくは点滴の跡残ってましたね、、懐かしい、、
お腹の張りが強く一週間お風呂に入れなかった、なんてこともしばしば、、
ご飯をベットまで運んでもらえる生活はちょっといいなと思いましたけど、、
とにかく寂しくて、お風呂に入れないのもしんどくて、目を瞑って息をしているだけで精一杯、という壮絶な最後の一週間だった記憶です。


出産前日です👶🏻👶🏻👶🏻
⚠️二枚目お腹映ります⚠️


出産前日は点滴2種の最大速度でした🩺



■「明後日どう?」

その後入院生活を続けていたある日、主治医から「明後日どう?」と急に
フランクに聞かれ、急遽31週2日での出産が決まりました😂
大慌てで夫と実母に連絡。夫は現場仕事ですが、なんとか急遽休みを
もらえ、無事立会うことができました。

■出産当日 〜手術室の中は激混み〜

帝王切開の流れ自体は一般的なものと変わりませんでした。ですが三つ子
の場合だと新生児1人につき助産師や医師が1人ずつ必要になるため、人員を集めるのが大変だったと後から聞きました。実際、手術室には本当にたくさんの方がいてくださり、感謝の気持ちと圧倒されたことを覚えています。
手術室に向かう移動の途中、2ヶ月ぶりに夫と少しだけ話すことができました。短い時間ではありましたが、それだけでとても安心して帝王切開に
臨むことができました。手術中夫は外で待機していました。

■わんこそばのように運ばれてきた三つ子

手術が始まり、横になっている私の枕元に、わんこそばのように3人が次々と運ばれてきました。
1500g前後のその小さな姿は、普段の生活ではなかなか見ることのないほど小さくて、感動で涙が出ました。同時に「この3人全員がお腹の中に入ってたんだ…」という驚きもありました。
術中、押されている感覚は遠くにあるのに、痛くない不思議な感覚でした。
看護師さんが終始手を握り都度体調を聞いてくれ、とても心強く母のような存在で、医療従事者の方に改めて尊敬と感謝の気持ちでいっぱいになりました。
ちなみに、羊水と胎盤を足すと8kgほどあったそうです😂
どうりで寝返りも起き上がるのも一呼吸おいて気合いが必要なわけだ、、、と納得の気持ちと、身軽になり妊婦生活が終わってしまったのだと少し寂しい気持ちにもなりました。
手術室の外で待機していた夫は、羊水まみれの赤ちゃんを見て
「これが赤ちゃん!?」と1人でびっくりしていたそうです(笑)


1人目👶🏻
2人目👶🏻👶🏻
3人目👶🏻👶🏻👶🏻

■前編はここまでです

無事に3人が生まれて、ひと安心──と言いたいところですが、
本当に長かったのはここからでした。
3人がこの家に帰ってくるまで、あと4ヶ月。
後編では、NICUでの4ヶ月間を書きます。夜中に鳴った
「心拍が落ちています」の電話、同じ病棟にいたもう1組の三つ子ちゃん、そして退院前日に発覚したチャイルドシートの大誤算まで。

後編はこちら💁

最後まで読んでいただき、ありがとうございました👶🏻👶🏻👶🏻

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