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JR大森駅|静かな日常が積み重なる街

かつて、大森は日立製作所の城下町だったという。
そんな話を聞いたことはあるけれど、今の大森駅には、その面影はほとんど残っていない。
記憶としての産業と、現実としての生活は、もう完全に別の層にある。

品川と川崎のあいだに並ぶ駅たちは、どこか似た空気をまとっている。
でも大森には、大森の重さがある。
それは観光でも再開発でもなく、
ただ「東京の生活」が積み重なってきた重さだ。

改札を出ると、ちょっとした駅ビルがあり、賑やかな空気が広がっている。
もちろんNewdaysもある。
明るくて、便利で、整っていて、安心できる光。
特別なものはないけれど、必要なものは全部ある場所。

駅ビルを横目に街の方へ歩くと、空気が変わる。
床屋、カラオケ、スシロー、ラーメン屋。
銀行、薬局、不動産屋、中華料理屋。
生活のための店が、生活のために並んでいる。

ハッピーアワーの文字が出ている居酒屋が、少しだけおしゃれに見える。
けれど、それも特別な演出というよりは、
この街の「日常の一部」としてそこにあるだけだ。

アーケードの方へ入ると、さらに生活の密度が増す。
接骨院、コンビニ、ドラッグストア。
ラーメン屋、中華料理屋。
美容院。
庶民の導線が、そのまま街の構造になっている。

いくつかの店はシャッターが閉まっていて、
渋い銀色の金属が、別の光を放っている。
商店街の看板のフォントは、どれも統一感がなく、自由だ。
古いゴシック体もあれば、丸文字もあるし、妙に細い明朝体もある。
でも、それがいい。
別に、大森の街に、統一感がある必要なんてないのだ。
バラバラで、雑多で、揃っていなくていい。
それが「生活の街」だからだ。

アーケードの中のヴェローチェに入る。
コーヒーゼリーを頼む。
甘くて、少し苦くて、ひんやりしていて、美味しい。

近くの席では、主婦たちが話している。
楽しそうな世間話というより、
少し深刻な空気を含んだ会話のトーン。
何があったのかは分からないし、分かろうとも思わない。
けれど、気にしないようにしようとすると、
逆に意識がそちらに引っ張られる。

小説を開く。
文字を追う。
でも、頭に入ってこない。
音、声、視線、気配。
日常の断片が、思考を細かく分断してくる。

気がつくと、サラリーマンがいて、学生がいて、
さっきの主婦たちはもういない。
問題が解決したのかどうかも分からない。
街は何も語らない。
ただ、人が入れ替わっていくだけだ。

イトーヨーカドーへ向かう。
このヨーカドーも、いつか閉店するのだろうか、という予感がよぎる。
けれど今は、たくさんの主婦たちが買い物をしている。
カゴの中身は、生活そのものだ。
特売、日用品、夕食の材料。
消費ではなく、暮らし。

外に出ると、冷たい風が吹いていた。
駅に向かって、バスが連なっている。
エンジン音が重なり、街の低音になる。

大森は、目的地ではない。
象徴でもない。
物語の舞台にもなりにくい。

けれどここには、
静かな日常が、確実に積み重なっている。

それだけで、十分なのだと思った。


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