戸塚駅、地上と地下のあいだでブラックコーヒーを飲む
戸塚駅は、横浜市の巨大ターミナルだ。
東海道線、横須賀線、そして横浜市営地下鉄。路線図だけを見ると、横浜駅に次ぐ重要拠点のようにも見える。
東海道の宿場町として栄えた街。
箱根駅伝の戸塚中継所。
名前だけでも、過去と現在が重なっている。
再開発はすでに終わった。
サクラス戸塚、トツカーナモール。
新しい戸塚区役所は駅直結のビルの中にある。
便利で、整っていて、少しだけ無機質だ。
JR戸塚駅には、改札が二つある。
地上の改札と、地下の改札。
同じ駅なのに、雰囲気は少し違う。
国道1号線バイパスと旧東海道が、同じ戸塚でも違う顔を見せるように。
地下の改札は、忙しい。
崎陽軒のシウマイ弁当の売店があり、宝くじ売り場があり、みどりの窓口がある。
サラリーマンが早足で行き交い、空気も少し張りつめている。
一方、地上の改札は、生活の匂いがする。
新しいドーナツ屋ができ、スシローのテイクアウト専門店ができたと思ったら、また別のお土産屋が入っている。
流行と日常が、無理なく混ざっている。
今日は、地上改札の脇にあるベッカーズに入る。
注文は、ブラックコーヒー。
砂糖もミルクも入れない。
ただの苦いコーヒー。
窓際の席に座ると、昼下がりの戸塚が見える。
高校生が学校から帰ってくる時間帯だ。
リュックを背負い、友達と話しながら、家路につく。
元気に歩く老人もいれば、ゆっくりとした足取りの老人もいる。
どこからともなく現れて、どこからともなく消えていく。
救急車のサイレンが、よく聞こえる。
戸塚駅の近くには、大きな病院がいくつもある。
ここは、日常と生と死の距離が、少し近い街なのかもしれない。
自分は、どんな老人になるのだろう。
ピンピンコロリ。
そんな都合のいい終わり方は、きっと少数派だ。
コーヒーを一口飲む。
苦味が、舌に残る。
二十分くらいかけて、ゆっくり飲む。
急ぐ理由はない。
頭が、少しずつすっきりしてくる。
コーヒーには、そういう力がある。
いつまで、コーヒーを美味しいと感じられるのだろうか。
そんなことを考えるようになった時点で、もう若くはないのだろう。
ベッカーズを出ると、ちょうどバスが到着するところだった。
明治学院大学の学生が、ぞろぞろと降りてくる。
キラキラしている。
言葉にすると安っぽいが、他に適切な表現が見つからない。
この若者たちは、どんな人生を歩むのだろう。
期待と不安を、まだ同じ重さで持っている顔をしている。
戸塚は、通過点の街だ。
横浜へ向かう人、湘南へ向かう人、箱根へ向かう人。
ここに留まる人は、意外と少ない。
それでも、街は回っている。
買い物をする人がいて、働く人がいて、学生がいて、老人がいる。
地上と地下。
過去と現在。
忙しさと生活感。
戸塚駅は、そのすべてを同時に抱えている。
ブラックコーヒーの苦味が、まだ口に残っている。
それで、今日は十分だと思った。
