氷河期世代AD、テレビの片隅で。#31余談「高校野球から学んだ事、世の中は理不尽だ」
高校野球の季節になると、つい試合を見てしまう。
白球を追いかける球児たちを見ると、もう何十年も前の自分を思い出す。
僕も高校球児だった。
キリスト教系の高校で、野球部は県大会で決勝まで進んだり、
ベスト4まで勝ち上がったりする、そこそこ強いチームだった。
でも、僕はレギュラーではなかった。
補欠だった。
だから、甲子園を目指すというより、
甲子園を目指す仲間をベンチから応援する時間の方が長かった。
今思えば、その頃から社会の予習は始まっていたのかもしれない。
ある日の練習中、僕は転倒して足をケガした。
監督に報告すると、返ってきた言葉はあっさりしていた。
「ケガする奴が悪い。」
そういうものなのか、と受け止めるしかなかった。
ところが、しばらくしてレギュラー選手が同じようにケガをした。
すると監督は優しく声をかけた。
「保険がおりるから、ちゃんと申請しな。」
僕のときには、一度も聞かなかった言葉だった。
「ああ、レギュラーと補欠では、こんなに待遇が違うんだな。」
高校生ながら、そんなことを思った。
もう一つ、忘れられない出来事がある。
部活帰りにコンタクトレンズを買う予定で、
財布には3万円を入れていた。
当時の高校生には大金だった。
ところが、その財布からお金がなくなった。
部室で盗まれたのだ。
監督に相談すると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「そんな大金を持ってくる奴が悪い。」
犯人探しをするでもなく、その一言で終わった。
当時の僕は、少し戸惑った。
キリスト教の学校だからというわけではないけれど、
もっと困っている人に寄り添ってくれるものだと、
どこかで思っていたからだ。
もちろん、今の母校がそうだと言いたいわけではない。
今の監督も、今の選手たちも、僕の知っている頃とはまったく違うはずだ。
高校野球を見るたびに、後輩たちには心から頑張ってほしいと思う。
ただ、不思議なことに、母校を純粋な気持ちで応援できない自分もいる。
あの頃の記憶が、少しだけ残っているからだ。
でも社会人になって、テレビ業界に入って思った。
「あれ、この理不尽、どこかで経験したことがある。」
そうだった。
高校野球だった。
ADになってからも、理不尽なことはたくさんあった。
怒鳴られることもあった。
納得できないこともあった。
それでも、「世の中には理不尽なこともある」と、
どこかで覚悟ができていたのは、
高校時代のおかげだったのかもしれない。
そしてもう一つ思うことがある。
レギュラーは勝つことを学ぶ。
補欠は負けることを学ぶ。
もちろん、どちらがいいという話ではない。
でも社会に出ると、勝ち方よりも、
負け方を知っている人の方が、長く仕事を続けられることがある。
少なくとも、僕はそう感じている。
高校野球では最後まで補欠だった。
当時は悔しかった。
でも今振り返ると、あのベンチで過ごした時間は、
社会に出るための予習だった。
そして、テレビの片隅で働くADになるための
予習でもあったような気がしている。
