見出し画像

80歳を超えて、オールを握るということ    

全日本マスターズで考えた、少し先の未来

第17回全日本マスターズレガッタで、私は男子舵手付きクォドルプルに出場した。4人の漕手と1人のコックスが乗る艇で、私は艇のリズムを作る整調を務めた。

レース動画を見直すと、ゴール直後、私の後ろで3番を漕いでいた先輩が両手を上げて万歳していた。よほどうれしかったのだろう。
(※アイキャッチ画像は、ゴール直後の万歳シーンをもとに作成したイメージ画です。)

今回のクルーには、80歳を超えたメンバーが2人いた。全日本マスターズレガッタでは、80歳を超えた選手に傘寿メダルが贈られる。傘寿とは、80歳の長寿祝いのことである。

長寿のお祝いとはいっても、記念参加ではない。練習を重ね、スタートラインに並び、仲間とともに勝負する。そして、その結果として優勝した。

ゴール直後の先輩の万歳を見ながら、私は少し先の自分のことを考えた。


傘寿の節目に花を添えた優勝

第17回全日本マスターズレガッタは、2026年5月23日、24日の2日間、石川県津幡町の石川県津幡漕艇競技場で開催された。今回は、能登半島地震からの復興を願う「石川県復興特別大会」でもあった。

私が初めて全日本マスターズに出場したのは、2014年、群馬県館林市の大会だった。途中、震災やコロナ禍による中止はあったが、今回で11回目の出場となる。全日本マスターズは、毎年開催地が変わる。一昨年は宮城県登米市、昨年は長野県下諏訪町、今年は石川県津幡町。会場の風景も匂いも違う。しかし、毎年参加していると、全国各地の仲間やライバルと顔を合わせることができる。それもまた、この大会に参加する楽しみの一つである。

今年は、エイト、舵手付きクォドルプル、ナックルフォアの3種目に出場した。

1日目の夕方に出場したクォドルプルには、遠方に住むメンバーもいた。全員がそろって練習する機会は限られていたが、全員そろって2回練習を行い、それ以外にも可能なメンバーでダブルスカルに乗り、数回練習を重ねた。大会前日には、雨の中で艇の準備を行い、1時間ほど練習した。確認したことは、シンプルだった。スタートで焦らない。大きく、ゆったり漕ぐ。練習通りに入る。

本番では、スタートから落ち着いて入り、全員が合わせやすいリズムで艇を進めることができた。結果は優勝。2位との差は6秒98だった。

私は、レースの際に艇へ取り付けたスピードコーチでデータを収集し、帰宅後にパソコンでグラフ化している。今回も、無理にレイトを上げず、大きく漕いだことが数字に表れていた。事前に考えた通りのレースができたと思う。

80歳を超えても、仲間と同じ艇に乗り、勝負を楽しむ。その節目に、優勝で花を添えることができた。冒頭に書いた万歳は、その喜びを何よりもよく表していた。

勝ったり、負けたり

今年出場したのは、エイト、舵手付きクォドルプル、ナックルフォアの3種目だった。クォドルプルでは、傘寿メダルの対象となる先輩2人と同じ艇に乗り、優勝することができた。一方で、エイトではまたしても優勝に届かなかった。そして2日目のナックルフォアでは、0秒85差の接戦を勝ち切った。

勝つレースもあれば、届かないレースもある。そのどちらも含めて、今回の全日本マスターズだった。

エイト――あと一歩が届かない

1日目の最初に出場したのは、8人の漕手と1人のコックスが乗るエイト種目だった。ローイング競技の中で最もスピードが出る、ひときわ迫力のある種目である。結果は5艇中2位。優勝した強豪クルーには、約6秒届かなかった。

東京にいた頃は、年齢カテゴリーで常勝のクルーで漕いでいた時期もある。関西に戻ってからは、2024年、2025年に続き、エイトで3年連続の2位となった。毎年、メンバーも年齢カテゴリーも異なる。対戦相手も変わる。それでも、あと一歩が届かない。

スピードコーチのデータを見ると、前半とラストスパートでは艇がよく走っていた。しかし、中盤で少し艇速が落ちている。勝負を分けたのは、その差だったのだと思う。悔しさは残る。しかし、負けるレースがあるから、次の機会にもう一度挑戦したくなる。

ナックルフォア――0秒85差の三連覇

2日目は、大学OBを中心としたクルーでナックルフォアに出場した。このクルーには、3連覇がかかっていた。

レースは最後まで1艇との競り合いになった。艇差は分からない。整調の私は横を見ず、前だけを見てリズムを刻み続けた。ラスト200メートルで、コックスからスパートのコールがかかる。ロングスパートだなと思う。後で聞くと、ラスト100メートルでは、わずかに相手に出られていたらしい。しかし、最後に追いつき、差し切った。

結果は、0秒85差で優勝。3連覇を達成した。ミスオールが1本あれば、結果は逆になっていたかもしれない。クルー全員が最後までリズムを崩さず、前を向いて漕ぎ切った。

勝つ日もあれば、負ける日もある。勝てば、もちろんうれしい。しかし、負けたレースを振り返り、次の挑戦へ思いを巡らせるのも、また楽しい。どちらも、ローイングの一部である。

学生時代より長くなった、再開後のローイング

私が最初にボートを漕いだのは、大学時代である。4年間ボート部に所属した。ただし、4年生の夏には引退するので、実際に漕いでいた期間は3年少々だった。

1981年に卒業した後、長い空白期間があった。再びオールを握ったのは2013年。大学の同期に誘われ、市民ボートレースに大学OBクルーで出場したのがきっかけだった。卒業から32年ぶりの再開である。

あれから14年目に入った。気がつけば、学生時代に漕いだ期間よりも、シニアになってからのローイング歴の方が、はるかに長くなった。

ボートは、若い頃の思い出ではない。人生後半に再び始まり、今も続いている現在進行形の活動である。

木のメダルに刻まれたもの

今回、私は2つの木製メダルを手にした。ひとつはクォドルプル。もうひとつはナックルフォアである。

表面には、白米千枚田や見附島をモチーフにした石川県らしい意匠が刻まれている。裏面には、種目、クルー名、日付、そして自分の名前を入れてもらった。木のメダルは軽い。しかし、そこに刻まれた記憶は、ずっしりと重い。

雨の中で行った前日練習。エイトで届かなかったあと一歩。傘寿の先輩とともにつかんだクォドルプルの優勝。最後の数本で差し切ったナックルフォアの3連覇。そのすべてが、2つのメダルに刻まれているように感じる。

ROWING KNOWS NO AGE

ローイングは、私にとって大切な活動である。しかし、人生のすべてではない。文章を書くこと。働くこと。旅をすること。音楽に触れること。映画や本を楽しむこと。家族との時間を大切にすること。やりたいことは、ほかにもたくさんある。

その中の一つとして、ローイングも長く続けたい。レースに出るからには、ベストを尽くす。勝つことができれば、もちろんうれしい。しかし、勝敗だけでローイングの価値が決まるわけではない。

今年3月には、小説や映画でおなじみの『がんばっていきまっしょい』の舞台となった愛媛県の梅津寺海岸や玉川湖を訪ね、仲間とボートを漕いだ。梅津寺海岸でオールを手にした時、長くボートを続けてきてよかったと、しみじみ思った。

そのツアーでも、80歳を超えて元気に漕ぐ先輩の姿があった。そして今回の全日本マスターズでも、傘寿メダルを受ける先輩と同じ艇に乗り、優勝できた。

夏には、博多で開催される山笠レガッタの2連覇がかかったレースや、四万十川でのエイトレースも待っている。レースで競い合うのも一興。全国津々浦々の水域を訪ね、仲間と漕ぐのも一興。ローイングの楽しみ方は、一つではない。

ROWING KNOWS NO AGE。ローイングに、年齢は関係ない。

かつて、東京時代に所属していたローイングクラブのホームページを作成した際、トップページに掲げた言葉である。

ゴール直後、万歳をしていた先輩の姿を思い出す。80歳を超えても、仲間と同じ艇に乗り、レースに出る。勝てば、心から喜ぶ。

私も健康を保ち、一日でも長くオールを握り続けたい。そして、ローイング以外のことにも、これまで通り挑戦を続けていきたい。


いいなと思ったら応援しよう!