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【ATD2026カンファレンスレポート⑩】A Manager's Dilemma: Skills to Lead with Empathy and Accountability(共感と説明責任の二者択一を排し、高い基準と高いエンゲージメントを両立させる対法術)

1. なぜ書くか

様々な情報が飛び交う現代において重要になる中、日本に住む約1億人にはグローバルでの最新の取り組みやトレンドを学ぶ機会が多くありません。Every Inc.では「HRからパフォーマンスとワクワクを」というビジョンを掲げ、グローバルな取組みやアカデミックな文献からD&Iに関する歴史、取組み、事例など”日本なら”ではなく、”グローバルスタンダード”な情報を提供しています。

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2. ATDカンファレンスとは

ATD-ICE(Association for Talent Development – International Conference & Exposition)は、世界最大級の人材育成に関するカンファレンスおよび展示会で、ATD(Association for Talent Development:人材開発協会)が主催するイベントです。毎年、世界中から人材開発、学習、組織開発の専門家が集まり、最新の知見、トレンド、スキル、ツールを共有し学び合う場として広く知られています。
2026年のイベント「ATD2026」は、5月17日(日)〜20日(水) にロサンゼルスで開催されました。

👉 ATD International Conference & EXPO

3. リーダーが直面する「誤った二者択一」:共感とアカウンタビリティのジレンマ


前回のレポートでは、リズ・ワイズマン氏のセッションに基づき、不確実性の暗闇を航行するための問題定義力や、現場にオーナーシップを渡す「51%ルール」の権限委譲について解説しました。曖昧な環境下で現場に決断を促すためには、マネージャーが適切な心理的認知地図を提示することが不可欠です。

では、実際に現場のパフォーマンスや行動に期待とのギャップ(問題)が生じたとき、マネージャーは「人への配慮」と「基準の遵守」をどのように両立させるべきなのでしょうか。

今回のATD2026では、世界的なベストセラー『新・本音で話す技術(Crucial Conversations)』などの開発で知られるCrucial Learning社のプリンシパル・コンサルタント、ジャスティン・ヘイル(Justin Hale)氏が登壇。『A Manager's Dilemma: Skills to Lead with Empathy and Accountability(マネージャーのジレンマ:共感と説明責任をもって導くスキル)』と題したコアセッションが行われました 。

ヘイル氏は冒頭、すべてのリーダーが直面する普遍的な葛藤として、「共感(Empathy)」と「アカウンタビリティ(Accountability:説明責任・成果責任)」のジレンマについて話を切り出しました 。

期待されるパフォーマンスと実際の行動にギャップが生じたとき、多くのリーダーは「率直に言って基準を守らせる(誠実さの追求)」か、それとも「親切に相手に配慮する(優しさの追求)」かのどちらか一方を選ばなければならないという「誤った選択(Fool's choice)」の二項対立に無意識に陥りがちであると指摘されていました 。

しかしヘイル氏は、これは不必要な沈黙(見過ごし)か、あるいは攻撃的な叱責(強制)のどちらかを生むだけの「偽りのバイナリ(False binary)」であると一蹴。優れた組織カルチャーを築く真のゴールは、高い基準を維持することと、人への高い共感を注ぐことを「同時に(Simultaneously)」成立させることにあると語られていました。

4. 4つの組織文化マトリックスと「連鎖(The Chain)」の法則

セッションでは、アカウンタビリティと共感のレベルの掛け合わせによって生まれる「4つの組織文化象限(マトリックス)」が提示されました 。


  • 高アカウンタビリティ / 低共感 ➔ 「有害な文化(Toxic Culture)」 成果やパフォーマンスは一時的に押し上げられますが、メンバーは恐怖に支配され、やがて疲弊(燃え尽き)していきます。

  • 低アカウンタビリティ / 高共感 ➔ 「快適な自己満足(Comfortable Complacency)」 お互いに優しく親切で居心地は良いものの、基準が甘いために誰もタスクを達成せず、組織としての成長が完全に停滞します。

  • 低アカウンタビリティ / 低共感 ➔ 「無関心(Apathy)」 求める基準もなければ、人への温かさもない、組織として最悪の機能不全状態です。

  • 高アカウンタビリティ / 高共感 ➔ 「理想のハイパフォーマンス文化」 高いプロフェッショナル基準と人々への深い共感が両立しており、メンバーが安心して自走し、最大の貢献と成長を遂げられる状態です。

ヘイル氏は、その場限りの「見逃し(Let off the hook)」は一瞬の快適さを与えるかもしれませんが、人間に本当の充足感や幸福をもたらすのは「基準に達するまでの成長プロセス」そのものであると話されていました。

この理想のハイパフォーマンス文化を駆動させるために、スピーカーが提示したのが以下の「連鎖の法則(The Chain)」です。

【変革を可能にする連鎖(The Chain)】
心理的安全性(Safety) ➔ 真実の受け入れ(Truth) ➔ 影響への共感(Empathy) ➔ 責任ある行動(Responsibility)

人間は、最初の「安全性」が確保されて初めて、自分の行動に関する耳の痛い「真実」を直視することができます。真実を受け入れるからこそ、自分の行動が周囲に与えた影響への「共感」が芽生え、その共感の情動が「自発的な説明責任(責任ある行動)」を呼び起こします。

逆に言えば、最初の「安全性」のピースが欠落した状態でアカウンタビリティだけを迫ると、全体の連鎖が瞬時に崩壊し、メンバーの行動変容(Change)は永久に不可能になると警告されていました。

5. 脳の生存モードを解除する:防衛反応の正体と心理的安全性の誤解

なぜ多くのマネージャーが、ギャップを指摘する面談でメンバーの「言い訳」や「強い防衛反応(反発)」に阻まれてしまうのでしょうか。

ヘイル氏は、「人々は『真実(Truth)』を恐れているのではない。彼らが本当に恐れているのは『恥(Shame)』をかかされることだ」と、その心理的メカニズムを解説していました。

詰問や非難のトーンで対話を始めると、人間の脳の最も原始的な領域である「生存脳(生存に関わる脳の領域)」が瞬時に起動し、周囲の言葉をすべて「自分への脅威」として認識します。一度生存モードに入った脳は、自己防衛(言い訳や反発、あるいは心のシャットダウン)に全資源を費やすため、その後にどれほど正しい業務改善の「内容(コンテンツ)」を語っても、一切耳に届かなくなってしまいます。そのため、対話において「内容について議論を始める前に、まず生存脳の脅威を静め、安全性を設計すること」が鉄則であると説明されていました。

ここでヘイル氏は、L&Dやマネージャーが陥りがちな「心理的安全性(Psychological Safety)」の誤解について釘を刺していました。

「心理的安全性とは、会話が常に『快適(Comfortable)』であることや、メンバーがフィードバックのすべての瞬間を喜んで楽しむという意味では決してない。たとえフィードバックの内容が不快で耳の痛いものであっても、相手の意図に脅威(報復や人格否定の恐れ)を感じることなく、客観的な対話に安心して参加し続けられる状態を指すのだ」

また、「私はいつも『率直な本音(Brutally honest)』で話している」と主張するリーダーほど、実際には「誠実であること」よりも「トーンの残酷さ(Brutal)」そのものに脳の資源を使ってしまっているケースが多いと指摘されていました。

誠実さ(Honesty)の定義の中に、怒り、非難、嫌味、相手への攻撃といった要素は一切含まれていません。リーダーは「100%誠実でありながら、同時に100%相手を人間として尊重する(Respectful)」という態度を両立させることが可能であり、感情の ceiling(天井)をコントロールする規律が求められます。

6. 建設的な対話を駆動する「3つの実践ステップ」

セッションの締めくくりとして、ヘイル氏から、今日からの1on1や評価面談で生存脳を刺激せずにギャップを是正するための具体的な会話のフレームワーク「建設的な対話の3ステップ(Fact, Story, Ask)」が共有されました 。

  • Step 1:事実から始める(Share your facts) 「あなたはやる気がない」といった主観的な評価を完全に排除し、「どのような基準や期待が合意されており、実際には何が起きたのか」という、双方が絶対に否定できない客観的かつ観察可能な事実(Fact)の差分だけを淡々と提示します 。

  • Step 2:ストーリーを語る(Tell your story) Step 1の事実に基づき、マネージャー自身がどのような懸念や解釈、ビジネスへの影響(下流工程への影響など)を感じたのかを、あくまで主観の「ストーリー」として伝えます 。「あなたがルールを軽視しているように私は懸念している」というように、意見を事実と混同させずに言語化します 。

  • Step 3:質問で終える(Ask for their path) 「あなた側からは、この状況はどのように見えていますか?」という、純粋な好奇心に基づいたオープンな質問(Ask)を投げかけ、相手の視点や背景を尊重しながら共同で問題解決にあたる姿勢を示します 。

まとめ:短期の「見逃し」は、長期の「崩壊」を招く

ジャスティン・ヘイル氏のセッションを通じて語られた最も本質的な教訓、それは「短期的な気まずさを避けるための『見逃し(Ease)』は、長期的には組織に何倍ものコストとハードな破壊(Difficulty)を連れてくる」という不都合な真実でした。

耳の痛い会話から逃げ続けるリーダーは、結果として「パフォーマンスの低いメンバーを周囲がカバーする高コストな業務の迂回路」を作ってしまい、チーム全体のエンゲージメントを崩壊させ、最悪の場合はコンプライアンス上の重大な危機を招きます。最初に「困難な対話の坂を登る」という心理的コストを支払うことこそが、長期的にはチームのウェルビーイングと確かな成長(ROI)を担保する唯一の投資戦略なのです。

「誰もが自分の人生のストーリーを必死に生きている(Everyone is a walking story)」という charitable assumption(善意の前提)を持ちながらも、次なる最高の章を描くために基準を譲らずにメンバーをホールド(ホールド)していくこと。

「優しさのシステム化」の根幹を支えるこの対話スキルを、私たちの組織の共通言語として実装していきたい、そんなことを感じるセッションでした。

最後までお読みいただき有難うございました。他のセッションもご覧になられたい方は友人の岩見さんが書いたブログをご覧ください。



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執筆者紹介:松澤 勝充

神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供する Berkeley Hass Global Access Program にJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。

2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発したプログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座などを展開している。

保有資格:
SHRM-SCP(SHRM)
CPTD(ATD)
Senior Professional in Human Resources – International (HRCI)
Global Professional in Human Resources (HRCI)
The Science of Happiness(UC Berkeley)他

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