【ATD2026カンファレンスレポート③】The Neuroscience of Learning in the AI Era(脳神経科学が明かす「忘れない学習設計」とAI時代の科学的ガードレール)
1. なぜ書くか
様々な情報が飛び交う現代において重要になる中、日本に住む約1億人にはグローバルでの最新の取り組みやトレンドを学ぶ機会が多くありません。Every Inc.では「HRからパフォーマンスとワクワクを」というビジョンを掲げ、グローバルな取組みやアカデミックな文献からD&Iに関する歴史、取組み、事例など”日本なら”ではなく、”グローバルスタンダード”な情報を提供しています。
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2. ATDカンファレンスとは
ATD-ICE(Association for Talent Development – International Conference & Exposition)は、世界最大級の人材育成に関するカンファレンスおよび展示会で、ATD(Association for Talent Development:人材開発協会)が主催するイベントです。毎年、世界中から人材開発、学習、組織開発の専門家が集まり、最新の知見、トレンド、スキル、ツールを共有し学び合う場として広く知られています。
2026年のイベント「ATD2026」は、5月17日(日)〜20日(水) にロサンゼルスで開催されました。
👉 ATD International Conference & EXPO
3. AIは私たちの「脳」と「学習」に何をしているのか

AIの進化により、私たちは「いつでも、瞬時に、最適解」を手に入れられるようになりました。しかし、人材開発(L&D)の観点から見たとき、この「即時性」と「利便性」には恐ろしい罠が潜んでいます。
今回のATD2026において、ニューロリーダーシップ・インスティテュートのCEO Dr. David Rock 氏は、神経科学の第一原理に基づいた極めて重要な警告を鳴らしました。講演タイトルは 「The Neuroscience of Learning in the AI Era(AI時代における学習の神経科学)」です。
AIが引き起こす「注意の拡散」
まずDr. Rockが示したのは、AIの普及が私たちの「認知キャパシティ」に与えている影響です(David Rock & Chris Weller, April 2026)。
AIが仕事の負荷を増やしている理由:
仕事の範囲が広がった(Wider scope of work tasks)
仕事があらゆる場所に入り込んでいる(Work creeping into everywhere)
複数の作業ストリームが増加(More multiple work streams)
その結果として現れている現象:
「脳疲労(Brain fry)」の増加
精神的疲労が 12%増加
積極的に辞めようとしている社員が 34% に上る
AIが仕事を「楽にする」どころか、むしろ認知的な過負荷を引き起こし、組織の離職リスクにまで直結しているというデータは、L&D担当者にとって看過できない警告です。
AIで学ぶと、なぜ成績が落ちるのか
さらに衝撃的なのが、AIの「使い方」によって学習効果が真逆になるという研究結果です(Shen & Tamkin, 2026)。
コーディング学習を対象にした実験では、AIを使ったグループは使わなかったグループよりも一貫して低スコアでした。そして最も驚くべき発見は、経験年数が増えるほどこの悪影響が大きくなるという点です。

「ベテランだから大丈夫」は通用しない。むしろ経験者ほど、AIへの過度な依存によるスキル空洞化リスクが高いという示唆です。
AIを取り上げたら、パフォーマンスが急落する
別の研究(Liu et al., 2026, N=354)では、AI支援ありで学習した後にAIを取り上げると、パフォーマンスが急落することが示されました。AI支援中は解答率が高く推移していたグループが、テスト段階(AI不使用)になるとコントロール群を下回り、さらに「問題をスキップする」行動まで増加しました。

これは「AIが思考する習慣」を脳に植えつけてしまった結果です。
では、どう使えばいいのか?
同研究(Liu et al., 2026)は、AI活用の「質」の重要性も示しています。
AIに解答を出させたグループ → 最も成績が悪かった ❌
AIをヒントや理解の補助(Hints / Clarify)に使ったグループ → 学習効果が向上 ✅
AIを使わなかったグループも高い解答率を維持 ✅
AIは「答えを出す道具」として使うと学習・能力を損なう。「考えるための補助」として使うと、むしろ学習が深まる。この違いを設計するのが、L&Dの新たな役割です。
人間の脳において、記憶とは一箇所に保存されるデータではなく、脳全体に張り巡らされる「ネットワーク」です。プレッシャーがかかる実務において瞬時に思い出せるためには、このネットワークが太く複雑に結合している必要があります。AIが答えを肩代わりする現代だからこそ、L&Dデザイナーはテクノロジー主導の「手抜きの近道」に抗い、脳の仕組みに基づいた「科学的ガードレール」を設計しなければなりません。
4. プレッシャー下でも思い出す「AGESモデル」:4つの絶対条件
Dr. Rockらが提唱する「AGESモデル」は、海馬の活性化研究に基づき、学習を長期記憶として定着させるための4つの条件を定義したフレームワークです。実務の土壇場でスキルを発揮させるには、これら4つの条件をすべて「中〜高水準」で同時に満たす必要があります。
① Attention(注意・作業記憶の最大化)
人間の作業記憶(ワーキングメモリ)は非常に繊細で、マルチタスクや視線の逸れによって容易に破壊されます。学習効果を最大化するためには、外部刺激や端末利用を意図的に制限し、約1時間という高強度で短いセッションへ「一極集中」させることが必要です。
② Generation(能動的な生成・アウトプット)
講義をただ受動的に聞くだけでは、記憶のネットワークは太くなりません。学んだ知識を自分の言葉で言い換えたり、課題に対して自ら解決策を「生成(アウトプット)」するプロセスを通じて、脳の跳躍的な結合(インサイト)が生まれ、最強の定着が実現します。まさに、AIに答えを出させず「自分で考える」ことが、このGenerationを担保します。
③ Emotion(情動・感情の喚起)
感情が動かない無味乾燥なトレーニングは、海馬に「重要な情報ではない」と判断され、すぐに忘却されます。ストーリーテリングや社会的なつながり(他者との協働学習)を取り入れ、適度な感情の動きを意図的にデザインすることが不可欠です。
④ Spacing(間隔反復・スペーシング)
一度に大量のコンテンツを詰め込む「詰め込み型学習」は、その場では理解した気になりますが、数日後にはきれいに消え去ります。脳が記憶を整理し、ネットワークを強固にするためには、セッションの間に「意図的な時間の間隔」を空け、複数回に分けてアプローチするスプリント学習の設計が必要です。
5. 「テクニカルスキル」と「ヒューマンスキル」の設計を分ける
このAGESモデルを実務に統合していく上で、最も注意が必要なのがスキルの性質に応じた設計の非対称性です。
**テクニカルスキル(技術・知識)**は、対象者が「必要性」を自覚しており学習モチベーションが高いため、eラーニングを含めどのような配信方法でもある程度の効果が期待できます。
一方、**ヒューマンスキル(人間関係・対人能力)**には特有のバイアスが存在します。「そのスキルを最も必要としている人ほど、自分には必要ないと思っており、それを指摘されると不快に感じる」※という問題です。
※心理学で知られる「ダニング=クルーガー効果」と「心理的リアクタンス」という2つの認知バイアスが深く関係しています。コミュニケーションやリーダーシップのレベルが低い人は、そもそも「何が優れた状態なのか」という基準を知らないため、自分の拙さにすら気づけず「自分はできている」と過大評価してしまいます(ダニング=クルーガー効果)。そこへ「あなたにはこのスキルが足りていない」と指摘されると、脳はそれを自己への攻撃と受け止め、無意識に反発(心理的リアクタンス)を起こします。
だからこそ、ヒューマンスキル開発においては、AIエージェントやツールを配るだけでは意味がありません。AGESモデルの「Attention」と「Emotion」をより意図的にデザインし、人間のファシリテーターによる支援や他者と学び合う「社会的学習」の場をシステムとして担保していくことがL&Dの真の役割となります。
まとめ:テクノロジーに呑まれない、人間性の再発見
AI時代における人材開発とは、流行りのAIツールを次々に導入することではありません。むしろ、AIがもたらす「即時性」というデフレーションの中で、あえてスローダウンし、脳のメカニズムに沿った「汗をかく学習プロセス」を守り抜くこと。それこそが、これからの組織に求められる真のガードレールではないでしょうか。
今回のATD2026でDr. Rockが突きつけたデータは、私たちL&D担当者へのシンプルかつ本質的な問いかけでもあります。
「あなたの組織の学習設計は、AIを『答えを出す道具』にしていませんか?」
AIがどれほど進化しようとも、プレッシャーの中で意思決定を下し、人と人のつながりを紡ぐのは「人間の知性」です。私たちL&Dに関わる人間は、受講者の脳に生涯色褪せない強固なネットワークを刻むために、もっと科学的かつインテンショナル(意図的)に学習体験をデザインしていきましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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執筆者紹介:松澤 勝充

神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供する Berkeley Hass Global Access Program にJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。
2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発したプログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座などを展開している。
保有資格:
SHRM-SCP(SHRM)
CPTD(ATD)
Senior Professional in Human Resources – International (HRCI)
Global Professional in Human Resources (HRCI)
The Science of Happiness(UC Berkeley)他
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