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デスカフェ①

先日デスカフェに行きまして、2度目なんですけども子連れではなく、単身で行って参りました。
単身というのは本当に身軽ですね、もちろん私は子どもを溺愛しておりますので彼が居たらいたで問答無用で幸せなんですが
それでも1人動きという時間は、格別に甘ったるい水中で難なくスイスイと動き回れる、真っ赤な金魚になった様に感じる時間でした。

さて今回のデスカフェのテーマは「弔辞&納棺ワークショップ」
主催は苫小牧市の浄土真宗のお寺『正光寺』の仏教青年会です。
参加料はなんと300円おやつとおちゃ付き。安すぎる。

正真正銘の納棺師さんが持参した美しい御棺を前に会を進めてくれました。
納棺師さんのMY棺だそうです。
(普段どこに保管しているのだろう..)

集まった方々と弔辞ワークをしながら「わたしへの弔辞」を御棺の中で聞く。と言うもので、まずは目の前にある御棺を見たり、生と死についてどう感じるかをそれぞれが文章にしました。

私は若い頃、恋愛のドツボにハマって生と死を彷徨う体験をしたのですが、
ドッピンシャンとこの世の扉を閉められることなくサバイブした者です。
あれから25年ほど経ってもやはり生よりも死に対しての方が思い入れが深く、と言ってもカラッとした感じで生きているので何も心配ございません。

昨年私にとって最愛で良くも悪くも最大の影響力を与えた父を亡くした事から、生に対して興味を持つようになりました。
今回のデスカフェで気がついたのは、やはり魅力的に感じるのは生よりも死の方なのでした。
私を知る方がこの事を知ったらきっと驚かれるでしょう。
なちこは精力的に活動している。とか、人生を楽しんでいるよね。とかすごくポジティブそう。とか感じてると思うので。きっと..

ここで伝えたいのは、私は決してネガティブではないと言う事。
ポジティブなメンヘラーなんです。
色々とロマンティックに感じすぎて、現実世界のあれこれだけではきっと満足いかないのでしょう。

元々、ヒロイン思考のメンヘラーでしたが生きながらえているので、ポジティブを身につけて死がくるまでの生という時間の暇つぶしを目一杯楽しんでいる、というだけです。

今回私はそんな感じで、デスカフェでの最初のワーク
『死のイメージや死生観.御棺を目の前にして』を以下のように書きました。
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解放される、生はそれまでのヒマつぶし。
ヒマをどうつぶすのか考えて行動していく事で死を喜びで満たしていける。
早く会いたい存在だけど、責任があるので理性で抑えている。
道ならぬ恋の様なものが死。

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数日経って見直すと、なんかめちゃくちゃロマンティックに書いている(笑)
ほら、子連れではなく1人にすると甘ったるくなっちゃうじゃん!
子育て終わったらどうなっちまうんだ!
なんか不安になってきた。
不安になってる自分にジワジワくる(笑)

という事で
長くなったので納棺体験をしてからの感想や気持ちについてはまた書きます。

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